美学者、中井正一が1936年に書いた「『土曜日』巻頭言」
の中に「ポーズに気づいた瞬間に行動は空虚になる」とい
う一文がある。20代に出会って以来「淡々と自身であるこ
と」は私にとって当たり前のことだった。1979年子供達が5
才と4才になった頃、私は台所で鉛筆だけで絵を描き始め
た。1982年銀座「ギャラリー手」で初個展をしたのは34才
だった。鉛筆だけの表現は「そのまんまの私」で居心地が
よかった。それから10年後、私は毎日新聞社主催・現代日
本美術展に出品するようになっていた。美術の世界の他の
作家達の作品を知り、紙からキャンバスへ、「白黒の世
界」から「色のある世界」へと移っていった。
そして1995年、事件が起こった。「運命に翻弄される」と
いう表現が適切だろう。50代初めの夫が残り1年の命と告
知された。作品が国立近代美術館賞に選ばれた。
葬儀の後、消えていく煙を見て「25時のアリア」を描い
た。雷の研究者だった夫の遺品にあった沢山の鉄塔の写真
から「鉄塔シリーズ」を描き始めた。ベンジャミン・フラ
ンクリンと同時期に避雷針を考案したP・ディービッシュの
故郷チェコにも行き、様々な風景の中に「白衣」を立たせ
ては「生と死の物語」を想像してみた。
今、もうすぐ78才になろうとする私は「生と死の物語」が
現実のものとなる日が近い。昨年から今年にかけて知人、
友人が3人も逝ってしまった。腰も手も痛くなり、「淡々と
自身であること」は難しくなっている。行動が空虚なもの
にならないよう、日々、自身であろうとして、懸命に過ご
している。
