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2021年05月24日

微熱

   
── 微熱が台所の音に責められている

頑丈な米袋から差し込まれる骨太の手は
台所から 私の胸倉へ押し入ってくる

洗い場の指たちは
羽釜の水をかき回し
じわりじわり しこりを擦りつづけている

シンクを叩く水音は はね上がり
寝室の私の頬にも 降りかかるが
しまわれていたままの米袋の手は
胸元を掴んだまま ゆるさない

炊飯器を仕掛けた指たちが
温めて膨れてできた仕舞事

振り返れば小さな虫が 一匹、
ペーパータオルの隅を カサコソと
夜の最中を逃げていく

一生懸命だけどみっともない。
生きることに 後ろ指をさされながら
朝になれば食事をする
(死にたくない、からだ

多くの言い訳を詠いながら
台所の音が 私の頭をうずめていく

シンクの前に立つ人の
思いつめた横顔の下を
とてつもなく うしろめたい水が
落ちて拡がりつづけているが
私は その音を
止めることができない

投稿者 tukiyomi : 21:30 | コメント (0) | トラックバック

2021年05月17日

先生

先生はおもむろに厚い本を取り出し、その中にいる私を見つけようとしていて。
私は寂れた町の夕暮れの隅っこで、半額引きの親子丼ぶりを食べながら怯えていて。
先生は男色家たちの優雅な生活について語っていて。
私は先生に見つけてもらえるよう、暗い町の端っこで白いノートに私の生活を綴る。

先生は黒いマスクに黒縁の眼鏡。黒い礼服を着ていて。
黒い本の中の白いページに浮かぶ文字列に、私の姿を探そうとしていて。
私が挙手して合図を送ったのは、なぜか疲れた顔の役人で。

           *

  お前のくせに何を食べているといい、
  お前のくせにこんなものを食べていたのかといい、
  お前のくせに文字が書けたのかといい、
  お前のくせに免許証を持っていたのかといい、
  お前のくせに病院に行くのかといい、
  お前のくせに。

           *

先生は私について、海外貿易を心臓のバイパス手術に例えた話を語り、
救出がとても困難だ、と呟く。次のページを敢えて飛ばして新しいセンテンスや
小見出しに目を向けて、赤のラインマーカーを引く。
私はそのまま飛ばされ挟まれ、赤く潰された。

先生は何事もなかったかのように本を閉じ、
テレビのチャンネルを切るように画面を閉じる。(目を閉じる。
ヴィヨンの妻があった本棚にヴィジョンの毒と変換されたファイルがそっと、
保管されていたのは見たが、机の上に置かれた厚い本の名を知ることはできない。

本に挟まれた私の顔に赤いマーカーで「お前のくせに」と
大きなバツ印が書き込まれて、私が先生とおもっていたのは誰だったんだろう、
先生。

投稿者 tukiyomi : 22:13 | コメント (0) | トラックバック