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2012年10月30日

片手鍋

片手鍋


私の傍にはいつも片手鍋があった
「両手鍋ならお前にもっとおいしい御馳走や幸せを味あわせてあげられたに・・・。」
と 豚肉が傷んだいきさつや
胡瓜やもやしが腐ってしまった原因を
ガスの火で燃やしては 蓋をする鍋だった

片手鍋は孤独だった
はじめは両手鍋だったのに
片方が勝手にもげて
キラキラ光るステンレス鍋の
お料理を貪るようになったから

その愚痴を片手鍋は言わないで
夜になると黙って ひとり グツグツと
湯を沸かして深夜の食を作り
料理が冷え切るまで
両手鍋に戻れる日を信じて待ち続けた

煮えくりかえった鍋から
熱い湯がこぼれても
遠くにいる片手鍋の持ち手は気づかずに
床を拭おうともしなかったし
鍋置き場から
片手鍋が転げ落ちて修理に出されても
そろっていたはずの持ち手には
関係ないことだった

その頃片手鍋の持ち手は
ステンレス鍋と新しい愛妻料理を
笑って作っていた所だったし
出来上がった品に【私生児】と
つけられるのが怖くて
台所の洗い場にお金と一緒に流して片付けた

私は私の傍に三十余年一緒にいた
片手鍋を信じている

片手鍋は賢かった
片手鍋は涙もろかった
片手鍋は情が深かった

片手鍋は…
もう錆び付いて
自分が鍋であったことも
忘れてしまったけれど


詩と思想11月号執筆依頼掲載作品

投稿者 つるぎ れい : 2012年10月30日 22:46

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