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2010年07月17日

ああ 引っ越し(1)

思い切って捨てるものと使い続けるものを選び分けていると、そのことが精神面にも影響を及ぼしてくる。
表向きは捨てることのできない姻戚関係とか友人関係とかにも波及してきている。
比重をかけずに気持ちの整理ができてくるので、いままでのように執拗に気にとどめて重くなることがなくなった。
何処かで一度捨て去って切り替え、相手との関係をずらすか、別の引き出しに押しやった。
そう言う人間関係では、理解しあう希望はなくなったが、人類愛的な距離感を保つことはできるようになった。

こちらに悪影響を及ぼす事件が起こった時に、相手がこちらに向けて発した言葉は新鮮に突き刺さる。
石牟礼道子さんが言っているアニミズムの神さまに、何も助けられないけれど、悲しんでいたり苦しんでいる相手と一緒にもだえる「もだえ神さん」と言うのがある。
被害者には、「もだえ神」のまなざしを持っている人と、自分の欲望の思い入れのために哂いながらおべっかをつかって感想を述べているだけの人、ただ無関心でいる人が感覚的にもすぐにわかる。
もだえ神さん以外の人々との自然な別れが、人知れず仕掛けられたスクリーンに次々に浮かび、1度確かめられて消えて行く。
その霧のような場面でしかとらえらない悲しみをしっかり感じて自分のものにしようと思う。

衣類や食器、家具については、いつかは使うものだと思ってとっておいたものが多いが、新しく買わなくてはならないものもある。
その選択の仕方が問題となってくる。
余計なものは買わないが、たとえば蛍篭とか、音の出る茶碗とかは買うだろう。
世の中の人はそれをガラクタと呼んでいる。

投稿者 mari : 2010年07月17日 08:36