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2010年01月25日

コミック「沈夫人の料理人」(4)深巳琳子

「そろそろ許してやるとするか」と沈夫人は心の裡で言う。
「今晩、私は椰子の実の蒸しスープが食べたい」とこの家に買われてきた料理人の李三に一言申しつけた。
ほんの束の間、大喜びした李三であるが、今は秋、椰子の実が手にはいるわけがない。
市場を探し回ったけれど「ない ない ないどこにもない」
それがあった!小娘が今年最後の椰子の実を抱え持っていた。
李三が小娘に渡した金銭はあたりに飛び散ったが、譲らないという小娘の手から、そんなつもりはなかったが、とうとう奥様のために椰子の実を盗んだ。
小娘は、劉家の屋敷まで乗り込んでくるが、沈夫人は椰子の実を李三が盗んだことを知っていながら「李三を泥棒よばわりするのなら、これはもう私への侮辱、うちの李三は盗みなどせぬ、私の面子を賭けてもよいぞ」と開き直る。
また沈夫人は李三のいないところで小娘に言う。「娘、私には分かっている。泥棒は李三だとね。あいつは本当に気の小さい正直者だ。そう言う者に最もふさわしい罰なのだ、これは」と小娘に尻を打たれるふりをさせ、大声をあげさせ、李三にその声を聞かせる。小娘には銀を幾粒も渡して帰す。
李三は「俺は人間のクズだ地獄に行く価値すらない」などと言って苦しみ抜いているが奥様のために盗んだ椰子の実は決して離さない。
李三は常に悶絶奮闘するが、これが極上中華の隠し味となっている。
奥様は言う「本当のことなど、どうでもよい。李三は盗みをし嘘をついた。私が望んだから。それだけで今日は少し李三に優しくしたい気分だ」
はたから見るとこれはもうすでに恋?ではないか。
いや何よりも食べることをこの世の至上の喜びとする沈夫人である、人間との恋も食べることを究極の目的とした前菜にすぎないのではないか?
沈夫人は言う「ねえ旦那様。この椰子は世界にたった一つしかありませんのよ。私のためだけに盗まれたもの。銀どころか黄金でも安いくらい」


「椰子の実の蒸しスープ」(海南椰子盅)
椰子の実は上部の丸い部分をのこぎりで切る。切り取ったところはふたになる。下に行くほどこころなしか細くとがっている。
果汁は別にし、中の果肉は削り取り中を水洗いする。
片栗粉をまぶして湯通しした鶏もも肉、中華ハム、干し椎茸、細葱、生姜を炒め、水を2カップさし、煮立ったら葱と生姜を捨てる。椰子の器に具を入れ、蒸籠(せいろ)で5時間蒸す。具から汁が出、椰子の実からも汁が出るが、牛乳を加えるのもよい。
料理人の李三の腕は名人級。「私初めて!こんな美味しいスープ」と沈夫人は静かに何口もスープを味わう。
李三は、「嬉しい褒められると嬉しい、なんて醜いのだ俺は!善くならなくては、料理以外でも、奥様の誇れる料理人にならなくては、あらゆる面で」と自分の盗みについての反省を絶やさない。


蛇足だが、星笛館主は椰子の実の蒸しスープは食べたことがないが、椰子の実の笛は作ったことがある。
漂着物研究家の石井忠さんに作っていただき、それを星笛館主が細工したもの。
九州の壱岐の島の原ノ辻遺跡(弥生時代)の船着き場からココ椰子笛が発掘され、音を録音するように依頼されて吹いたことがある。考古学関係者が記録として取っておきたいのであろう。
顎を突っ込んで吹くと低音が吹きあがって来てうなり始めたが、ほとんどの現代人はこのようなかすかな地味な音には興味を示さない。
吹くと言うよりも呪術者が声を反響させ、天地に呪いか祈りを唱えたのではなかろうかと考える。
椰子の実笛を風に向けて持つと自然に鳴り始める。


投稿者 mari : 2010年01月25日 09:22

コメント

中国の椰子の名産地は、南部の海南島が有名だそう。
九州の北の海や南の海に流れ着く椰子はどこらあたりからくるか興味のある人にはこたえられないほどのめりこむ対象でしょう。
暇の時に漂流物事典で調べてハッピーブログに投稿します。
だいぶ前に全国の人が集まる漂流物の会が福岡でありました。そこで椰子笛吹いたのを思い出しました。
機械音痴の私としてはテープは何処かにしまってあるはずですが心もとなく、何かの折に上京した時にお聞かせする方がよいと思われます。

投稿者 星笛館主 : 2010年01月28日 08:23