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2010年01月31日

すべらない話

上方落語家の笑福亭鶴瓶師匠の会話における、つかみの温かさにかなう人はなかなか見つからない。
大阪弁を操ってNHKの「家族に乾杯」や深夜テレビ放映の若手とのあれこれ、突っ込みもボケも自由自在、小学校に現れては小学生の歌に涙ぐみ、商売している家では孫や祖父母たちを誉めたたえながら土地の食べ物を一緒にいただき、おばあちゃんたちに占領されている混浴の温泉にも混じって入り大笑い、文化人にお相手の趣味をとっかかりにして、どこまでも相手を立てて気持ちよさせてくれる、この世になくてはならない、人生の後押しをしてくれる気さくで、愉快で、世話焼きなおじさんである。
八千草薫との映画の「ディア・ドクター」では偽医者として、吉永小百合との映画「おとうと」での共演もどうしょうもない半端者として、人をそらさない、懐かしく温和な好人物として存在している。
味わい深い鶴瓶師匠の映画やテレビ番組は大好きでついつい見てしまう。
今回は、鶴瓶師匠のことではなく、人気若手芸人(漫才師)の中に凝縮している体験談を1人ずつ語らせて、みんなで聞きあう、ひとしまつもとの「すべらない話」のことである。
人間が練れていて面白おかしい間を持つリーダーの松本人志が、それぞれの人気芸人の名前を書いたサイコロを振って当たった者が、すべらない話をするのである。
一瞬のうちに人の心をつかみ笑わせて、心を開放することに長けた芸人たちの話は、さすがに面白くてたまらない。
どんなに苦しかったことも、親子の間の軋轢も、いじめも何もかもを笑いにして笑い飛ばす晴れやかさがある。
その中の1人、ほっしゃんは、はにかみ屋の芸人さんである。
ある時、ほっしゃんは、かの有名な京唄子師匠と仕事をすることになった。
仕事前のご挨拶に京唄子師匠の部屋に行った時も、仕事の最中も、なぜなのか分からなかったが、平常心で何のためらいもなく普通に話せたそうである。
帰宅して風呂に入った時なぜ京唄子師匠と話していて楽にしていられたのか分かったそうだ。
何と風呂場のタイルの模様と唄子師匠の洋服の模様が同じだったそうなのだ。
さんまちゃんのトーク番組も伸介の「深いい話」も面白い。
潤滑油としてどれだけ世の中の人を楽しくしてくれているか、ありがたいものである。

投稿者 mari : 13:31

2010年01月28日

空中に浮かぶレストラン

空中レストランと思しきものは各地に沢山あると思う。
昨日新年会で訪れた大分のオアシスタワーのレストランの眺望をとても気に入ってしまった。
レストランの中に居る人が180度の窓ガラスに映り、それがまた壁と天井いっぱいに広がった鏡に外の景色と一緒に2重写しになり、人が空中に浮いているように見える。
錯覚だが、あまりにひどい人間的な摩擦が感じられるような災難に逢った時には、1日中いられるようなこんな部屋が欲しい。憂さが晴れる。
空の雲の方が動くのであるが、じっと見ていると自分が動いているように感じられる。
心地よい逆転、錯覚さえも味わいたい時がある。
空中を飛んでいる気分になれるレストランで、別府湾と大分湾と2市全域、遠く九重の峰に続く山々が見渡せると天女か仙人になった気分だ。
行ったことのないイタリアのシチリア島のイゾラ・べッラにぴょんと飛び降りられそうな楽しい気持ちになり、ああ今一番やりたいことはイゾラ・べッラに行くことなのだと言うことが分かった。
冬の陽光が降り注ぎ海は飽くまでも蒼く大阪まで行くサン・フラワー号が、かなり沖に停泊していて、大気の帯によってめぐりめぐる気の遠くなるような時の流れが静かに動いている。
陽光が闇を照らし、谷筋に住む滅びゆく血縁関係や姻戚関係の小鬼たちが、掃き清められた感じで気分が明るくなった。
料理は、美しい食器や唐草模様のある銀のナイフとフオークが素晴らしかったので、いつの間にか食べてしまった。

投稿者 mari : 10:06

2010年01月25日

コミック「沈夫人の料理人」(4)深巳琳子

「そろそろ許してやるとするか」と沈夫人は心の裡で言う。
「今晩、私は椰子の実の蒸しスープが食べたい」とこの家に買われてきた料理人の李三に一言申しつけた。
ほんの束の間、大喜びした李三であるが、今は秋、椰子の実が手にはいるわけがない。
市場を探し回ったけれど「ない ない ないどこにもない」
それがあった!小娘が今年最後の椰子の実を抱え持っていた。
李三が小娘に渡した金銭はあたりに飛び散ったが、譲らないという小娘の手から、そんなつもりはなかったが、とうとう奥様のために椰子の実を盗んだ。
小娘は、劉家の屋敷まで乗り込んでくるが、沈夫人は椰子の実を李三が盗んだことを知っていながら「李三を泥棒よばわりするのなら、これはもう私への侮辱、うちの李三は盗みなどせぬ、私の面子を賭けてもよいぞ」と開き直る。
また沈夫人は李三のいないところで小娘に言う。「娘、私には分かっている。泥棒は李三だとね。あいつは本当に気の小さい正直者だ。そう言う者に最もふさわしい罰なのだ、これは」と小娘に尻を打たれるふりをさせ、大声をあげさせ、李三にその声を聞かせる。小娘には銀を幾粒も渡して帰す。
李三は「俺は人間のクズだ地獄に行く価値すらない」などと言って苦しみ抜いているが奥様のために盗んだ椰子の実は決して離さない。
李三は常に悶絶奮闘するが、これが極上中華の隠し味となっている。
奥様は言う「本当のことなど、どうでもよい。李三は盗みをし嘘をついた。私が望んだから。それだけで今日は少し李三に優しくしたい気分だ」
はたから見るとこれはもうすでに恋?ではないか。
いや何よりも食べることをこの世の至上の喜びとする沈夫人である、人間との恋も食べることを究極の目的とした前菜にすぎないのではないか?
沈夫人は言う「ねえ旦那様。この椰子は世界にたった一つしかありませんのよ。私のためだけに盗まれたもの。銀どころか黄金でも安いくらい」


「椰子の実の蒸しスープ」(海南椰子盅)
椰子の実は上部の丸い部分をのこぎりで切る。切り取ったところはふたになる。下に行くほどこころなしか細くとがっている。
果汁は別にし、中の果肉は削り取り中を水洗いする。
片栗粉をまぶして湯通しした鶏もも肉、中華ハム、干し椎茸、細葱、生姜を炒め、水を2カップさし、煮立ったら葱と生姜を捨てる。椰子の器に具を入れ、蒸籠(せいろ)で5時間蒸す。具から汁が出、椰子の実からも汁が出るが、牛乳を加えるのもよい。
料理人の李三の腕は名人級。「私初めて!こんな美味しいスープ」と沈夫人は静かに何口もスープを味わう。
李三は、「嬉しい褒められると嬉しい、なんて醜いのだ俺は!善くならなくては、料理以外でも、奥様の誇れる料理人にならなくては、あらゆる面で」と自分の盗みについての反省を絶やさない。


蛇足だが、星笛館主は椰子の実の蒸しスープは食べたことがないが、椰子の実の笛は作ったことがある。
漂着物研究家の石井忠さんに作っていただき、それを星笛館主が細工したもの。
九州の壱岐の島の原ノ辻遺跡(弥生時代)の船着き場からココ椰子笛が発掘され、音を録音するように依頼されて吹いたことがある。考古学関係者が記録として取っておきたいのであろう。
顎を突っ込んで吹くと低音が吹きあがって来てうなり始めたが、ほとんどの現代人はこのようなかすかな地味な音には興味を示さない。
吹くと言うよりも呪術者が声を反響させ、天地に呪いか祈りを唱えたのではなかろうかと考える。
椰子の実笛を風に向けて持つと自然に鳴り始める。


投稿者 mari : 09:22 | コメント (1)

2010年01月24日

コミック「沈夫人の料理人」(3)深巳琳子

ある秋の日、沈夫人は、季節外れの「ヤシの実の蒸しスープ」(海南椰子盅)が食べたくなり、打たれ弱いノミの心臓を持つ料理人の李三に申しつけた。
まるで何かの仕返しのようなこのお献立については、沈夫人が大いに嫌う気色の悪い義弟(劉氏の末弟)の劉家訪問が原因となっている。
一癖も二癖もある「ヤシの実の蒸しスープ」の話は次回に譲って、今回は「桂魚の姿蒸し」と沈夫人と李三と義弟のことを話題にしてみよう。

義弟が夫の留守に商用のついでに劉家に立ち寄ることになった。
どうしょうもなく闇雲に相性の悪い人間同士はいるものである。
沈夫人は「義弟のその目がイヤ、まつ毛がイヤ、ホクロもイヤ、唇もイヤ、バランスがイヤ」「しかし義弟とはいえ年上。旦那様との仲も良いし、簡単に無碍にも出来ぬ。主婦とは因果な生業だ」と嘆くことしきり。
「今日は下手に豪勢に振舞ってあの顔で喜ばれたら胸糞悪い」「ああ汚らわしい」とつぶやく。
李三は沈夫人が「ああ汚らわしい」と言ったところだけを聞いてしまい、自分のことを言われたのだと勘違いしてしまう。
お献立は「桂魚の姿蒸し」(桂魚はハタ科の淡水魚。味は蟹に似ていて上品)。
桂魚を湯通しし冷水に取る。胡椒、塩、砂糖、酒を振り掛けてはこすることを繰り返す。
その上に中華ハム、筍、椎茸、干し海老をのせ、葱、生姜、鶏油と豚の網脂を上から広げてかぶせる。蒸籠で皿ごと蒸す。中国の酢でいただく。

李三は緊張と落胆のあまり、干し海老をのせるのを忘れてしまった。
沈夫人が即座に「この料理はこんな浅い味わいではないはずなのに、私の舌を汚しおって」と深い怒りに青ざめる。
義弟は「儀姉さんホント旨いねえ、この魚これなら、もっとちょくちょく訪ねて来ようかね」と鈍感である。
「こんな物の味すらわからぬ男と同席していることを思い知らせてくれるとは」「罰ではない極刑だ」と言いながら李三のいる厨房に向かう。
干し海老をのせ忘れたことに気付いた李三は、自分の指を切ろうとして厨房で泣いている。
そのあまりにかわいい健気なしぐさを覗き見た沈夫人は、大変お喜びになり、一時の間それを楽しんでおられた。
そして沈夫人がここらあたりでいいと思うしばらくの間、無視の刑が実行されたが、沈夫人の「しばらく」は1ヵ月も続くことがあった。
沈夫人は、木の枝を折って李三をたたくこともあるが李三は間接的な触れ合いを泣いてて喜んでいるようにも見える。李三はその喜びさえ僭越であると打ち消す。
脂汗を流して苦悩する李三は、ますます美味しいものを作り出すこととなる。

投稿者 mari : 17:26

2010年01月22日

コミック「沈夫人の料理人」(2)深巳琳子

「熊の掌の煮込み(紅焼熊掌)」と「白菜の澄ましスープ(開水白菜)」

沈鳳仙夫人の誕生日のお祝いに、従妹の玉潔夫人が、新しい料理人を連れて劉家に来ることになった。
細く長い首に髪を結いあげ、柳の葉のような眉の表情でその時々の感情を表わす沈鳳仙夫人の眉の両端が微妙につりあがった。
夫人の耳にはいつも異なった長いイヤリングが下がっていて、繊細かつ雄弁に夫人の気分を物語ってくれている。
イヤリングが揺れるとあでやかな容姿がくっきりと際立つ。
深巳琳子さんの絵がよい。
沈鳳仙夫人には料理人の李三がいるのに、他の料理人を連れて来るとは、「あの女の思いつきそうな趣向だこと、すぐ恩着せがましく人の上に立つ」などと心の中で張り合っている。
従妹の玉潔夫人の料理人のメイン料理が高価な紅焼熊掌(熊の掌の煮込み)である。

「熊の掌の煮込み」
熊の掌は乾物から水で3日ほどかけてもどさなくてはならない。
それを水煮し、2回~3回煮こぼし臭みを取る。
鶏、あひる各一羽、豚ヒレ肉、ネギとショウガ、酒と一緒に煮て熊の掌に味をしみ込ませる。
熊の掌を取り出して切り、椎茸、中華ハム、干し筍と一緒に蒸す。
スープ、酒、塩、醤油、水溶き片栗粉であんを作り、蒸しあがった熊の掌にかけて出来上がり。

熊の掌に釣り合う料理を作るように沈鳳仙夫人から申しつけられた李三は、従妹の料理人よりも凄腕なのにそのことを知らず、気が弱いのでもう涙をポロポロと流している。
「お前の価値は私が決める」と気位の高い沈鳳仙夫人に言われ、「奥様の良い料理人の仕事をするのだ」とやっと決心がつく。ひらめく料理は天才的、右にも左にも並ぶ者はいないと言うのに。

「白菜の澄ましスープ」
たっぷりの湯にふたをせず白菜をゆでる。冷水につけて冷ます。白菜の長さをそろえ割り切る。
器に盛り清湯(チンタン・澄ましスープ)を火にかけ塩、胡椒で味を整えあくをすくい白菜の上にかける。
蒸籠(せいろ)で20分蒸す。
ここでは澄ましスープ(清湯)が重要になってくる。
澄ましスープは、豚の赤身と鶏を静かに煮たものを取り出し洗いし、新しい水で葱、生姜と一緒に煮る。肉類を取り出し、ミンチにして酒、胡椒を加えて溶かしてゆく。
なんだか料理本のようになってきてしまったので、すこしばかり、はしょることにする。
色々とやってから布巾をしいた濾し器で濾(こ)す。澄ましスープの出来上がり。

沈鳳仙夫人は「白菜は子羊の肉にも似て、土から生じた熊の掌と言うべきだ」という宋代の詩人の蘇東坡(そとうば)の詩を思い出し従妹に聞かせる。
「さっきの詩、昔私が教えてあげたものだわね」と言い返えされる。

星笛館主は、熊の掌など手に入らないので、もっぱら白菜のスープを食べている。
それと12月に、温かい黒い毛が生えた熊の掌の小物入れを手に入れて楽しんでいる。もちろん作り物(なんのことだか)
木でできた爪と4つの指の部分と真ん中に1つある大きいショッキングピンクの肉球の付いたかわいい熊の掌だ。
ほんものの右利きの熊だと、襲ったハチの巣の蜂蜜を左手に付けて冬眠しながら(左手を)なめるらしい。
蜂蜜の滲みこんだ熊の左掌は、料理人に珍重されている。

●蘇東坡(そとうば)は号名・宋代の詩人の蘇軾(そしょく)と同一人物・美食家・左遷され続けた高級官僚・東坡肉トンポーロー 豚の角煮が有名


投稿者 mari : 01:01

2010年01月21日

コミック「沈夫人の料理人」1巻~4巻 深巳琳子(1)

その昔、中国の明(1368~1644)の時代に、美味しいものを食すことが大好きな若く美しい劉家の沈夫人がいた。
劉家の料理人は、これもまた若いにもかかわらず名人級の腕前を持つ23歳の李三(りさん)だ。
これだけではごく普通のお話になってしまうが、李三は小心者でシャイで自分が凄腕の料理人であることを知らず、沈夫人から料理の注文を受ければ受けるほど慌てふためき猛烈に悩む。
悩みに悩んだ末にあぶり出される料理が旨くてたまらない代物。
それを知っている沈夫人は、ありとあらゆる手段を使って李三を追い込んでゆく。
追い込まれれば追い込まれるほどどういうわけか料理は旨くなる。
粥であろうが、カエルであろうが、熊の掌であろうが、白菜であろうが極上品になってしまう。
ある日、李三が厨房で独りでがつがつと夢中で食事をしていたところを、沈夫人が偶然に見てしまう。
李三が食べていたものは、麵のゆで汁にネギと塩を入れたものと餡のないただの饅頭であった。
それが今晩食べてみたいと沈夫人はおっしゃる。
これがものすごくおいしかった。
それから沈夫人はよく李三を覗きに厨房に訪れるようになったが、李三は豚小屋に隠れたりする。
2人の心理的掛け合いが笑える(李三がM・沈夫人がS)
「沈夫人の料理店」1巻(時代が変わって1920年代の上海)も出ていてとってもお面白い。 
   
~続く~

投稿者 mari : 09:30

2010年01月17日

文芸コミック「孤独のグルメ」(5)谷口ジロー・原作久住昌之

第12話「板橋区大山町のハンバーグランチ」

最後は、いくら美味しいものを出すお店でもこんな所には決して行きたくはないと言うお店。
ここのハンバーグランチはお手頃と言うだけのランチである。

店主と日本語の得意でない男性(呉さんと呼ばれているから国籍は中国か台湾だろう)店員の2人で切り盛りしている。
上下関係がいじめに発展している。
井之頭五郎は、ランチタイムギリギリに店に滑り込んだ。
店主は背中で「・・・しゃい」
店主「おい、50分になったら表の看板ひっこめろって言っただろ?」「ったく、いちいちそこで時計見なくったっていいだろ」「2人しかいねえんだから考えろよちょっとは」「おまえがもたもたしているからだよ」
「呉さんよ国でどうやってたか知らないけどさ、日本じゃそんなテンポじゃやっていけねぇんだよ」などなどネチネチネチネチ客がいる前でののしる(みんなにまる聞こえしている)
店主は「人の話を聞け!」と言いながら手刀で呉さんの右手を叩く。
その時、井之頭五郎がはじめて怒った。

井之頭五郎 「人の食べている前であんなに怒鳴らなくたっていいでしょう」「今日はものすごくおなかが減っているはずなのに、見てください!これしかのどを通らなかった」(ほとんど食べていない・館主弁)
「あなたは客の気持ちをまるでわかっていない!」(出ました名せりふ・館主弁)「ものを食べる時にはね、だれにも邪魔されず、自由で、なんというか、救われていなきゃあダメなんだ、一人で静かでゆたかで・・・」

店主「なんだァ?あんた文句あんのか」「あんたがどう残そうが、食おうがこっちには余計なお世話だ 帰れ帰れ 金なんかいらねえから帰れ」「何をわからねえこと言ってやがる 金なんかいらねえから帰れ」「出て行け!ここは俺の店だ 出て行け」

井之頭五郎は、店主の左手首を自分の右手でつかみ、左手で店主の背中を抑え、店主の左手首を内側に曲げてゆく。(パチパチパチ・館主拍手)

店主「痛っイイ お・・・折れるう」

呉さん「あ・・やめてそれ以上はいけない」

井之頭五郎「はぁ あーいかんな・・こんな・・いかん いかん」

大山ハンバーグランチ(ごく普通)ソースはケチャツプベース(ポテトフライ・目玉焼き・カレー味スパゲティつき) ¥550


投稿者 mari : 10:52

2010年01月16日

文芸コミック「孤独のグルメ」(4)谷口ジロー・原作久住昌之

第14話・東京都中央区銀座のハヤシライス(の消滅)とビーフステーキ

「そうだブラジリアのハヤシライスを食おう!」井之頭五郎は電車の中で急に思いつき、またたく間に決心を固めて6年ぶりに銀座で電車を降りた。
ところが、身も心もブラジリアのハヤシライスになっていたのに、店はなくなっていた。
「あれ?まさか、そんな馬鹿な、ああショック、うーん何を食おうまるで思いつかない」
「竹葉亭(池波正太郎)もいいけど今度にしょう」
「もうどこでもいいんだけれど、うーんダメだ、腹はすっからかん、心は宙ぶらりん、食いたいものが出てこない」などと思いっきり愚痴る。
しかし井之頭五郎の立ち直りは早い。
「こういうときは思い切ってステーキだ。銀座でステーキを食おうじゃないか」
彼はエビスヤでステーキを食う。
「ステーキってアゴが疲れる」「確かに旨いんだが今日の俺にはこの肉の旨ささえ何処か上滑りしてゆく」と愚痴り続ける。
外国から帰って来た時や遠くに行ったときに、お目当ての人に会えなかった時の心情に似ている?
「あの店のない銀座かあ・・・・」

投稿者 mari : 10:48

2010年01月14日

文芸コミック「孤独のグルメ」(3)谷口ジロー・原作久住昌之

第10話「杉並区西荻窪のおまかせ定食」


無農薬野菜や玄米や魚、洗って何回も使えるお箸を使用、無添加の調味料とくれば自然食の店である。
「なんか店員が客を見下ろしているような・・・みんなもっと勉強してよと言っているような・・・」
「玄米にカレーしかも鰯(と野菜)ちょっと無理があるんじゃないの」
いつか輸入食器の店の娘が言っていたな「昔ヒッピーだった人がやっている自然食の店ってさあ、どこもここもテーブルがべとべとしている感じがして、嫌なのよね」って。
井之頭五郎にとっては、自然食の店はすこぶる評判が悪いが、彼は、思いっきり空腹だったのだ。

おまかせ定食 ¥850
●玄米●大根葉と油あげの味噌汁●高野豆腐といり卵(たまネギ 人参 椎茸をあえたもの)●主な一皿(ほうれん草のおひたし・大根葉の糠ずけ・ポテトサラダ ひじきの煮物(こんにゃくとニンジン入り) 鰯の南蛮風あんかけ。

彼は言う。
「ズズズゥ 何だこれは、旨い 味噌が違うのかな」
「ほうれん草のおひたしはかたくて臭くて懐かしくてああ旨い!!」
「これは子供のころ嫌いだった味だ」「うーんどれもくやしいけど旨い、しかし全然物足りんな」
「すいませ~ん 追加で鰯と大根のカレーライスください!大盛りでね!!」

投稿者 mari : 11:01

2010年01月12日

文芸コミック「孤独のグルメ」(2)谷口ジロー・原作久住昌之

第9話「藤沢市・江ノ島の江ノ島丼」

井之頭五郎は、江ノ島を歩きながら昔一緒に歩いた恋人のことを思い出す。
昔からあった饅頭屋にたどりつき、できたてのあつあつの饅頭をほうばりながら「ああなんだかいいな」とつぶやく。
彼女ともし結婚していたら今頃は子供ができていて、こんなにのんびりとは構えていられなかっただろう。
漫画を読んでいるこちらも、この寂しさなんだかいいなと思ってしまう。
シーズン前の江ノ島の、海辺の家風な店で、井之頭五郎は、蟹の味噌汁と特筆すべきこともないおしんこ(2種)つきの江ノ島丼とさらにサザエの壷焼きを注文した。
江ノ島丼は、ご飯少なめでサザエと卵が入っており、きざみのりがふりかけられている。
第1話で野菜炒めをたのんだ時には、豚バラだけを炒めたものだったので、豚汁と豚がダブってしまっていたがその時と同じく、ここではサザエがダブってしまっている。
猫とトンビにねらわれて、「サザエの壷焼きよりも、焼きハマグリの方が良かったかもしれない」とつぶやきながらサザエを味わうところが面白い。
三度三度飯さえ食えれば人生安泰という雰囲気を醸し出すところが、かえって本来人生とはそういうものだったのではないかと納得させられる。
コックつきの美食に明け暮れたい念願を持つ私ではあるが、井之頭五郎のすぐあとに店の客になって、彼の食べた物と同じものを食してみたい。

江ノ島丼セット 1300円    サザエの壷焼き 850円

投稿者 mari : 08:37

2010年01月11日

文芸コミック「孤独のグルメ」(1)作画谷口ジロー・原作久住昌之

18話中、14話に、スーツを着こなしている主人公の雑貨商の井之頭五郎が、東京の街かどで偶然入った店のことが描かれている。
偶然とは言っても、彼独特の嗅覚で、行きつくべき所に行きつき、美味しいものに出会うのである。
しかも安価であり、それぞれ違う店やお客の興味深い個性が述べられている。
群馬や川崎、神奈川、大阪でも美味しいものを出す店を見つけ出す。
海外にも雑貨の買いつけに行くのでそのうちに海外版の店を漫画で描いて欲しい。
原作者の久住昌之さんにもお願いしたい。
彼らは言う「ものを食べる時にはね、誰にも邪魔されず自由で救われてなきゃあダメなんだ」
彼らには、ものを食べることが最高の癒しになるのだ。

1 台東区山谷の豚肉いためライス(第1話)

雨に降られ、空腹のあまり偶然に入った食事処。
●とん汁(豆腐と豚肉と、絵にはネギも描かれているような?入っていて欲しい・星笛館主弁) ●豚肉いため(野菜炒めはなく、豚バラのみをたっぷりといためて少量のキャベツの千切りを添えてある。さらに驚くことに皿の縁に辛子が置かれている。何にするのだこの辛子) ●麦茶●ライス●ナスのおしんこ(小ナスが丸々2つ)
井之頭五郎は、豚ずくしの中でナスのおしんこがさわやかだったと言う。
注文はとん汁と量の多いライスだけでもよかったと思う。
しかし彼は得体のしれない奇妙な満足感を味わっていた。
「おばさんウインナいためとライス」などとたのむ人もいるし、店を出た時には、店主のおばさんやお客が出口まで出てきて不釣り合いな彼をまじまじと見つめたのだ。
しめて800円なり。

扶桑社文庫

投稿者 mari : 10:09

2010年01月10日

マイケル・ムーアの新作「キャピタリズム~マネーは踊る~」

マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画だ。
マネーは踊ると言っても、アメリカのキャピタリズム(資本主義)は、資本家と銀行が肩を組んで、庶民からお金を吸い取っているだけ。格差社会の中では、庶民の方にはマネ-はやってこない。
一握りの金持ちがマネーを独り占めしているのだ。
株価暴落で、住宅ローンが払えなくなった人々が、冷酷に強制退去を命じられ、人間の尊厳も踏みにじられ孤立して、車の中で暮らしている。
日本でも、100年に1度と言われている世界的な株の暴落の影響が出てきて、軒並みに自己破産した親戚や知人、自殺に追い込まれた親戚もいる。
マイケル・ムーア出身のフリントという町では、工場が閉鎖され大量の解雇者が投げ出され、今や廃墟になっている。
大企業は、工場の従業員に内緒で、彼らや家族に生命保険をかけ、亡くなった後に1銭も渡さず保険金をせしめている。
このような惨状が今、アメリカ全体に広がっている。
それならば、社会主義がいいかと言うとそうではなく、マイケル・ムーア監督は、クリスチャン(カソリック)の立場でものごとを見て行く。

資本主義は経済のシステムで、民主主義は政治システム。
マイケル・ムーア監督は、ルーズベルト大統領の最後の演説(1944年)を画面に映し出す。
「幸福の追求の権利はすべての人に平等にある」と述べられていた。
おおまかに書きだすと、正当な報酬を得る仕事に就くことができ、食事や衣服、住む家を得られ、教育や医療、福祉を受けることができ、老齢や事故や失業などによる経済的な危機から守られる権利が全員に平等にあるということが内容に込められている。
演説の後にルーズベルト大統領は亡くなり、これが法制化されることはなかった。

マイケル・ムーア監督は神父たちにも質問をする。
彼らからは、「資本主義は神の教えに反している」という同じ意味を込めた答えが返ってくる。
男性シンガーの歌で幕が下りる(名前はわからない)

イエスは金持ちに言った
「貧しい物たちに施しなさい」
だからやつらはイエスを葬り去った
イエスは、病める者、貧しきもの、飢えた者、傷ついた者を救った
だからやつらはイエスを葬り去った
イエスは宗教家や警官にも同じことを言った
宝石を売って貧しい物に施しなさい
ところがやつらはイエスを葬り去った
イエスが街にやってくると、彼の言葉を信じる労働者たちに歓迎され
銀行家や宗教家どもは、イエスを十字架にかけた
  ~略~
もしイエスが今同じように演説をしたら
やつらはイエスを逮捕し、処刑するだろう

銀行や大企業の玄関先にマイケル・ムーア監督が押しかけ、代表に会いたいと申し出るが即座に断られ、電話をしても名を名乗っただけで即切られる。
リストラされた従業員が大勢で、会社や銀行に乗り込み、彼らの間接的な殺人行為に怒りを表し抗議し、それがマスコミに取り上げられる。
国から会社や従業員に与えられたはずの資金(救済金)を、会社の役員だけがボーナスなどと称して、横取りしていたのが明るみに出た。
救済金を出すことにかかわったはずの議員が、その行方を知らないと逃げる。
ここで頭に浮かぶのは、日本の天下り役人たちだ。
役人たちは、よい年齢の力のある自国(日本)の男たちを露頭に迷わせ、恥ずかしげもなく自殺に追い込み、よくもまあ、たがのゆるんだ顔で凡々としていられるものだ。

映画では家を追い出された人々が、家に戻って来て、人道的には当然の欲求をし、また家に住み始める。
同じ境遇の人間たちが集まり、企業や銀行に殺されないためにマスコミに訴え始めたのだ。

日ごろ、日本でも神の愛を説いて集会を開き礼拝をなさっている余裕のある方々が、なぜ手持ちのお金で、町の公園や駅で寝泊まりしている人々を助けてまわらないのか、不思議でしょうがない。

投稿者 mari : 18:03

主人公が亡くなってしまう映画(2)

映画「誰がため」

コペンハーゲンでナチス打倒の地下組織(デンマーク自由評議会のナチス抵抗組織)の一員として働いている23歳のフラメンと33歳のヨーン。
時は1944年。
フラメンとヨーンはナチスと通じている人間の暗殺を行っていた。
ある日上司のヴィンターからナチスと見るには疑わしい2人の将校の暗殺を命じられる。
2人の将校は案の定ナチスとは通じてなくて、暗殺を命じた上司に都合の悪い人間だった。
これまでにもそう言うことがあったのではないかと2人は上司を疑い始める。
23歳のフラメンは、酒場で諜報員(スパイ)の年上の美しい女ケティと出会い恋をする。
この女はゲシュタポ(ナチスの秘密警察)のリーダーの女であるが、本当は2重スパイで、ナチス打倒を願っている。
かなりきめの細かい気配りで、男たちの間を渡り歩き、できればユダヤ人たちの命を助けたいとい思っているが、普通はゲシュタポの女を装っているので見分けがつかない。


上司にだまされたフラメンは、ナチスではない将校をためらいながら撃とうとして相撃ちになり大怪我をする。
23歳の若さで、年上のケティとの恋を味わって彼女を信じて死んで行くことができた。
33歳のヨーンは、お金もなくいつも一緒にいてやれない妻に浮気をされ、最後には1人娘を妻の再婚相手の男に託して、ナチスの総攻撃にあって死んでいく。
2人は、ナチスによって死体を穴の中に放り込まれ、土をかぶせられ埋められた。
映画になるまで、60数年間忘れ去られていた2人の男のことを思うと胸が痛む。
2重スパイだったケティは90歳までイタリアの島(名前を忘れました)で生きた。


投稿者 mari : 13:02

2010年01月09日

主人公が亡くなってしまう映画(1)

映画「パブリック・エネミーズ」
「俺の好きなものは、野球、映画、高級服、早い車、そして君だ」とかっこよく女性をくどいたダンディな男が、実在した銀行強盗のジョン・デリンジャー。アメリカの大恐慌の時代(1930年代)
最後に出会った女性ビリーとの1瞬の恋を主軸に、2人で暮らす新天地を夢見て銀行強盗をやり、しばらくは身を隠すが、警察から国外追放すると脅された仲間の女から警察に売られて、警官に包囲され銃撃されて殺される。
燃え上がる両想いの激しい恋に、この世で出会えただけでももうけものだ。
ジョン・デリンジャーは子供のころは、母を早くに亡くし、父からは暴力を受けて育っていた。
どこでどう世間の考えとずれて間違ったのか、銀行強盗の仕事しか彼を納得させるものがなかった。
銀行強盗以外の、彼に向いている職業は一体どんなものなのだろう。
俳優か、スポーツ選手か、レーサーか、車を作成販売する実業家だろうか。
ジョン役のジョニー・デップが、仲間と共に銀行強盗をする際に、カウンターをコートの端をひるがえして、軽々と飛び越える様がスローモーションで映し出され、かっこよかった。
彼は貧乏人からは金を取らないし、普通の人を殺さない主義。
正月から銃撃戦を見るのはきつかったが、どこに留置されていても、弾をよけながら、というか弾がそれてしまうのか弾が当らない中をするりと脱走してしまう。
それでも追いつめられてゆく中、ノミ行為で十分収入を上げている仲間から、銀行強盗の協力や、かくまってもらう住居提供を断られ、どんどん追いつめられてゆく。
犯罪組織も、すぐ足がついてしまう大がりな銀行強盗はやらず、だんだんに電話を使ったノミ行為しかやらなくなる。
銀行強盗1回の収益とノミ行為の1日の収益は同じだそうだ。
ジョンデ・リンジャーはノミ行為のことを元の仲間から聞いてもやらず、時代遅れになってきた銀行強盗を決行する。
電話で会ったこともない人をだますなんて考えられなかったに違いない。
犯罪組織のノミ行為は手法を変えていまだに続いている。


投稿者 mari : 12:46

2010年01月04日

まさか10年目にして同じことが・・・

ほとぼりが冷めたころにくりかえされるもんですこんなことは。
どんなことかと言えば、他人のアイデアを断りもなくほとんどそのまま拝借することです。
これを世の中では盗作と言う。
他人のアイデアをネタにどんどん自己流に膨らませて、独自のものを作り出すのならいいのだけれども、ほぼそっくりに移行させてうつしとるなんてことは盗作でしょ?
もし一部を借りることがあれば、元になった作品名を書き記す礼儀を守るべきでしょう?
他人の犯した人間的な恥辱に巻き込まれるのはいやなので、今書いておかなければ2度と話題にしないと思ったので、書いておくことにした。
その人の記憶は消してしまいたいくらいだ。
思い返すと世間様をだましているようで、軽んじられて馬鹿にされたようで、不愉快でたまらなくなる。
自分が、もしそんなことしたらと、そう思うだけでいてもたってもいられなくなるが、ご本人はどこかで、舌を出して、してやったりと思っていることだろう。
だれにもばれないと文字どうり読んでしたことだろう。
まさかそんなはずはないと、初めは疑り深いわたしでさえ信じられなかったのだ。
疑問を持つということには、クリアに進展してゆきたいと言う願いが込められている。
人の褌で相撲を取ろうなんてこと(おっと女相撲ですけどね)卑怯なことだ。
仲間内や友人関係などで、スタイルや、やり方を、まねられたりまねたりすることは、お互い切磋琢磨しあっているのでほんとはあって当然のことだ。
いいヒントを出し合えるのも親しく交流し、ある点で尊敬し合っているからだ。

私がビジュアル展でコラージュに張りつけたいくつもの言葉や題名が、いつのまにかその人が作った本の内容の題名になっていた。
これは盗作と言ってもいいでしょう! 
決して普段思いつく言葉ではない特殊な言葉だったので利用したと言うことは直感的によくわかった。
10年前に、そんなことをする人がいることを信じることができなかった。
「参考にさせてよ」と言ってくれたら応援する気にもなっていただろう。
その人には、2回~3回しか会ったことがなかったけれどこちらから葉書を出したことがある。
葉書や本をもらったこともあるが、そのうちに梨のつぶてになってしまった。
私が「あなたの書いたものは、私のものとそっくりですが・・」と葉書に書き送ったからではないか。
当時、自分のものを何の断りもなく勝手に拝借されることについては、気分が悪くなるだけで、おやおかしなことをするもんだなぐらいにしか考えなかった。
それが盗作というものであるとは思いも及ばないことだった。お気楽でした。
当時の物的証拠はもう残っていないので相手の思うつぼだ。
楽しく有意義な交友関係を結び、お互いに刺激されてイメージが膨らみ、「拝借します」とエッセンスを吸収して創作することはよくあることだ。
同じテーマでそれぞれが自分のスタイルで書いて、似通ってくることもあるが、それはそれで本人たちにもよくわかり、納得している。
しかしほぼそのまま写し取るようなやり方は、自尊心が許さないので私はやれない。
やれる人がいるなんていうことも信じられない。


今日その人の最近発売された小説を手に取ってみたが、昨年私がブログに書いた母との交流が骨を抜かれて書かれていた。
ほかにも利用した個所があるかもしれないが、探しても気分が悪いだけだ。
その人の名を知りたい人にはお教えします。絶対口外しないと言う約束で。
その人、このブログを読んでいたらもうそんなことはやめてよね。
才能はピカいちなのだから。
あなたずーっと魔がさしているのですか。ばれてますよ。

投稿者 mari : 22:50

正月早々

お正月3日間は、午後から映画を見て、夕方から家で居眠り、夜遅くまで目が覚めているので、次の日になってから眠りについた。幸せだったな。
寝足りていない次の日は、映画館で退屈するとすぐ眠くなった。
目覚め続けさせてくれたのは、厭きさせない展開と画面の美しさと、見たこともない物への好奇心を満足させてくれる内容であろうか。
映画「パリ・オペラ座のすべて」も見た。
映画館には、バレーをやっているひっつめ髪の少女たちが母親と共に花畑のように席を埋めていた。ふむふむよしよし、良い時間が共有できるぞ。
ところどころに居るのが娘さん、おばさんとおじさんで、そのまた余ったところどころに居るのがおじいさんであった。
このおじいさんが曲者である。
音が欲しくないところで、場内に響き渡るような、習慣と化した大咳ばらいをするのだ。
言葉をしゃべらず、咳ばらいだけで話が通じるのは、夫婦間だけですぞ。
公の場所では、その習慣はひっこめてくださいませんか、ほんとに風邪をひいていて咳が出るのなら、出直してくださいよね。
映画が始まる前から、咳ばらいをしているおじいさんがいるのが分かれば、なるだけ近づかないようにしている。
おじいさんが多い時、ほぼ席が埋まっている中で、前の席が空いている後列の席につかない方がいい。
遅れて来たおじいさんが、画面を体で隠しながらスローテンポでその席につくことがある。
運悪くそういうおじいさんが空いた前の席に近づき座ろうとしたら、5秒とは待たずサッと席を変わることにしている。
おじいさんは遅れて入ってきて、暗闇に慣れながら席を探している時、席を見つけ出すのに5分~10分もかかることがある。映画の初めのころを邪魔されるので気が気ではない。

こんな心配をしたくないのなら、私邸にシアターを持ちながら、余裕で街の映画館に行くって言うのがいいだろう。まず私邸を持ちたいものだ。
しかし私邸の地下に自分だけのシアターを持って見る映画は反感や共感などの反応がお互いに伝わりあって盛り上がらないので、時々はいいけど、つまらないものだろう。

先日、画面が暗くなってから、遅れて来た座高の高いおじいさんが、私が座っている席の前列の空いている席にどっかりと座ろうとした。ああ本当にうざったい。寒いのか帽子までかぶっている。私はさっと別の席に変わった。
映画が始まっているのに、画面をさえぎって人の足をまたいで中の席に入り込もうとするのは、鑑賞者の良識と美意識に反する。
私は、仕方なく中間の席の右端に移動し他の人の鑑賞の邪魔にならないようにそっと着席した。
ところがしばらくして、カポカポ、プカプカと言う小刻みな音が聞こえてくる。
横を見るとおじいさんが間断なく口を動かして何かを食されている・・・ように思えたが、そうではなく何も食べてはいない。
入れ歯の大きさが歯ぐきとあっていないのだろうかカポカポカポ、それとも顎の病気?カクカクカク。それとも老人特有の何か?
自分が我慢すればいいだけで、人道的にもおじいさんには本当にお気の毒で申し訳ないが、つまみだしたくなったのは本音だ。
我慢できなくなったので、見にくい場所だったがずっと離れた席に移動した。
2回も席を変わってしまった。

ところで映画「パリ・オペラ座のすべて」の映写は120分間だった。
オペラ座と銘打ってはいるがオペラはなく、バレーの厳しいレッスンやリハーサル、ミーテイングなどがナレーションなしで淡々と映し出された。
古典バレーはなるほど安定していて美しかったがなんだかきれいすぎて元気が出てこない。
新しいモダンなコンテンポラリー・ダンスもよく、よほど荒削りでどぎつくない限り見ていられた。
これに比べて日本の暗黒舞踏の方がしっとりしていてメリハリもあるのがある。
バレーダンサーたちの定年は42歳、国家公務員として年金が40歳から支給される。
どんなことがあっても冷静な自己管理が必要とされている。

投稿者 mari : 10:48