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2007年08月25日

夢かうつつかまぼろしか

酷暑の夏に寒さに震える。
JRの特急電車の中は、秋から初冬に吹く風に似た風が頭上から人工
の冷房装置によって同じヶ所に吹きつける。
厚い布の帽子をかぶり、コートを着て大きなスカーフを肩にかけ風邪
を予防する。
それでも2時間冷房にさらされると喉が痛くなる。


その日は20代の2人の娘を連れた50代の女性が横に座る。
下に置いている私の荷物を上の荷物棚に入れましょうかと、劫初から
の親しい間柄でもあったかのように聞いてくる。


根拠はない。
室町時代の頃この人と旅の途中に出会っていたと言う記憶の薄布が
広がる。
一夜の宿をお借りして、何かと世話をしていただいた。
しきりに私の顔を覗き込む母親は娘を2人得て幸せそうでよかった。
そう言う場合私はいったい誰なのだろう。
3人ほど浮んでくる人物はいるが、祖母を訪ねて旅の途中にいる10
代の娘にしておこう。


雷雲の下の空間に、稲光が鋭い刃物のように切れ目を入れる。
しばらくして右半分の虹が現れた。
黒雲が湧いて雷が落ちた。
2度目の虹が浮んだ時にその母親の顔を覗き込みたくなったので横
を見ると眠っていた。
窓の外を見ると眠っていたと思っていた母親の声がした。
「虹よ、ほらあそこ」
虹を指差している。
2人の娘の席からは見えないらしい。
虹は空に★「めくらぶどうと虹」の時の虹のように夢のようにかかって
いた。
私たちは虹に照らされてうなずきあった。
もう会話しなくてもお互いを覗き込むことが出来た。
あえてそう言うことをしなくても呼び交わしていることが分かった。
時を同じくしてまた会うことが出来たのだ。
K駅からは進行方向が逆になるのでイスを回して座席を進行方向に
向ける。
終点のH駅に向かって行くところ行くところ、犬鳴き峠や三日月山の
上にも大きな虹が次々に現れた。
特急電車が駅に着くと
母親は「失礼します」と言って娘と3人で降りていった。
「どうも」と言ったのは私だが、またいつか会えるような気がした。
時代によって姿を変えた人と人の一瞬の出会いで胸が潤い、別離で同じ
胸がぎゅっと痛む。


このような時の胸は耳につながっている。
天にも昇るような幸せと、地獄に突き落とされた喪失感の両極端に引き
裂かれる孤独な体験は楽器の演奏には欠くべからざるものだ。


天ぷら鍋さえ今日は歌う。
規則的にララララソ・ララララソの音に下のドーソ・ドーソが規則的に混じる。
ピリリン(上のミミミド)も時折加わった。
稲光や虹の現物を見ると、音として鳴り始める。
(詩人的に言うと歌い始める)
一度見た物が自分の中に消え去り、呼べば現れて再び鳴るが、
それは即興曲になっていて必要に応じてメロディが違っている。


3年前の吉野ヶ里の火祭りは満月の夜だった。
石笛で空の門を開き、あたりの空気を弥生のものに変える。
弥生の土笛でいよいよその頃の空気を呼ぶ。
その時、古代の森の辺りから槍を持った弥生人たちが、広場へ松明を持っ
て移動してくる足音が聞こえる。
低いなつかしい音色のオカリナ、祭りを再現する高い音のオカリナ、また獣
たちが呼び交わす音色を駆使する祭りはしばらく続いた。
帰る時にひょうきんな首無し兵が送ってくれたが、お帰り願うのに苦労した。
2年ほど逃げていたのだが、今年は祭りで笛類を演奏するように頼まれた。
あのあたりで音楽会をしたのが知られてしまったらしい。
もうこの世にいない人は、現世に生きる人間を使って頼みごとをしてくる。

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2007年08月19日

犬も歩けば・・・

ふすまや床がめらめらと燃え上がり
食器棚の中で溶解する器
卵を落とすとめだま焼きができる
沖縄のお盆は25日で
もうこの世にいないはるこさんや千代さんが
10日前からやってきて
結核や子供を盗まれた悲しみに
丸く縮まって
私の中に棲みはじめる
遠くからやってくるので
点描絵を見るときのように
離れなくては
何が何だか分からない
どうも息がしづらいので
大股で歩いて外に出て見ることにした

博多駅のそばのバスターミナル6階の紀伊国屋で
★「バチカン・エクソシスト」を購入
イタリアの神父のエクソシスト(悪魔祓いをする人)は現在350人いる
実在するNY市警の巡査部長のラルフ・サーキも☆「エクソシスト・コップ」
を書いた


古本市が立っているので戦慄が走った
あった!17年間探し続けていた★「黒森物語」がみつかった
作者の大嶽洋子が自然の森や樹の根や土地を
自分の一部のように自在に動かし
闇の一族の住む闇の世界へ旅する
母なし息子と口なし娘の2人の壮大なフアンタジー
日常の中に異世界が溶け込んで奇異な話が展開する
漫画家の諸星大二郎とは違った面白さがある

100円バスに乗ってジュンク堂書店へ
横溝正史を見るつもりなんか、てんでなかったが
何年も品切れで絶版かと、がっかりしていた
★「髑髏検校・どくろけんぎょう」の去年再販されたのが見つかる
江戸時代、鯨の腹から瓶詰めの書き物が現れたが
そこにしたためられていたのは、孤島で蘭学生が遭遇した
異色の吸血鬼物語だった
近頃、電車の中でよく見かける髑髏を印刷したTシャツの若者達は
単に異世界への憧れで着るのか、それともメメントモリについて考えているのか


街の真ん中ではあるが見つけにくい地下の奥部屋に
薄暗い林のようなところがあって
覗くとヴァイキング形式の自然食レストランになっている
イチゴを摘みに行ったような感覚に襲われ
中に入って行くと
いくらでもおかわりしていいのですよと
どこからともなく女性の声がする
質素な木の器の取り皿を持って
いたずらにわが身をひけらかしている昨今の加工品と違って
てらてらしていない食べ物たちが
味をそっと凝集させ、そのことさえさとらせずに
美しく並んでいるのを
1個づつ取りわけ
何かどこかで見たことのあるような食物たちよと
口に運ぶ
五穀米のプデイングも酢でしめた魚も揚げたジャガイモも鶏も
料理され器に盛られたそこで形が豊かに止まっていて
それぞれに奥深いこくがあって美味しい
お金を払う時になって
ふと見ると
どこかで見たような優しげな女人の写真が飾られている
☆「迷宮レストラン」でクレオパトラやフアーブルやサンタクロースに
彼らにふさわしいおもてなし料理を出した
河合真理さんだ
彼女がプロデユースしているレストラン「みのりの杜」だった
まるで杜に迷い込んだ気がして彼女の作った雰囲気に
誘われてしまってうれしい


★も☆も本の題名

投稿者 mari : 22:01 | トラックバック

2007年08月16日

キム・ギドク監督の「絶対の愛」NO61

整形と整形返しの地獄めぐりをする男女の映画だが、私は整形しま
せんから関係も興味もありませんという人には問題外のことだ。
自分が他ならぬ自分であると言う(独自性を持った存在である)こと
が分かること、他人が私を私と認める独自性とは?と考えるととても
あやふやであることを一考して見るのもいいのではないか。
全身全霊で感じる動物は嗅覚も使えるので、その点は優れてると言
える。

キム・ギドク監督の映画は肉体を痛めつけるシーンが毎回必ず出
てくる。
またもや切開や切断、縫合の整形手術シーンが延々と続く。
不憫にも整形による愛の餓鬼道をさまよう女と男。
顔を整形で変えた時に、整形した本人は元の心を持っているが、
元の顔で自分を覚えてくれていた人にとっては整形した本人は見
知らぬ人になる。
他人が自分と違う他人を認知するのは姿の中でもまず顔だろう。
その顔を変えるとまるでだれだか分からなくなる怖さは、人間関係
の中で生きている自分を見つけ出せない孤独感を深める。
人間存在のあやふやさに色を失い、焦燥感を伴った身をそぐような
孤独から抜け出せなくなる。


★筆者の質問
1)整形して顔が変わっても、声や癖や考え方で本人だと分から
  ないのですか?

  寄って来る男性全部の手を握り「ピッタリの洋服」かどうか確か
  めて見なければ分からないのか。
  「ピッタリの洋服」の例え話は、男が女に日常話していたことだ  
  がしかし同じ例えを恋人ではない男性がたまたま口にしていた
  のを恋人だと勘違いして女はついて行ってしまう。


まず始めに整形した女は不安と焦燥感に付きまとわれようになる。
恋人と別れたあと、整形した顔で元恋人の前に現れ、元恋人が整
形した女(自分だと言うことを隠している)を好きになると許せなくな
る。
女は自分が誰なのか分からなくなり混乱し、世の中でたった1人だと
言う孤独感に脅える。
女は、何かあると道路標識を確認するように整形医のところに駆け込
むが整形医は整形を繰り返すばかりだ。
男も整形返しをする。
整形された顔同志で同じ人間が新しい恋を得られるものかどうか。
2年で色あせる恋のたんびに整形していたら身も心もぼろぼろになる
だろう。
女が2回目の整形手術をして3回目を始めようとするところで映画は
終わる。
監督は、必ずどの映画にも霊的な怪現象をそれとなく映画の中に取り
入れるが、今回は姿を現さない、行動を知るはずのない人物(もとの恋
人の男か女)によって、それがなされる。
生霊か透明人間かもしくは腕のいい探偵によるものとしか思えない。


お疲れでない方はどうですか
<ストーリー>
女(セヒ)と男(ジウ)は恋人同士であり2年間付き合っている。
女(セヒ)は男が他の女性を見ただけでも嫉妬に狂う。
何の理由も無く男の心変わりを信じて止まず、男が自分の肉
体に飽きることを強烈に恐れている。
女(セヒ)は男が自分の顔にも飽いて来ているだろうからと整形
をしてしまう。
女の顔の傷が癒えた半年後に、女はセヒと言う名前をスェヒに
変えて男の前に別人として現れる。
2人は恋人同士になり、セヒの心を持ったスェヒはジウと思いを
遂げることが出来るが、ジウが抱きしめたのはセヒの心を持った
スェヒである。
男(ジウ)は整形前の女(セヒ)を忘れられずにいる。
混乱している整形した女(スェヒ)は整形前の自分の名セヒで男
に手紙を書く。
それにも耐えられなくなり女はもう一度整形をする。
驚いたことに、男も整形をしてしまう。
別人の顔を持った恋人同士の混乱はいつまで続くのか
絶対の愛が欲しい、そのためにはいつも新鮮で飽きられない顔
を準備しなければならない。
いつも飽きられることに脅える女が整形を止められるのは、整形
に失敗した時か、人生にくたくたに疲れてしまった時だろう。
相手に気に入られることだけが自分が生きていく喜びなのだろう。

投稿者 mari : 10:39 | トラックバック

2007年08月12日

おばさんのつつ眼鏡 その1

私本人は右よりでも左よりでもない。
人間が誇りを剥奪され辱めを受け殺戮されるのを心から憎んでいる。
兵器も軍隊も欲しくない。
が現実には核兵器が保有され名前を変えた軍隊があり、戦争が行わ
れている国がある。
戦争と言う言葉さえも嫌って闇雲に封印するのではなく、どういう風に
対処すればよいか、過去に学ぼうと思う。
人間の狂った欲望が伝染病のように伝染してゆく経路を突き止めたい。


核エネルギーの兵器応用、つまり原爆の開発をするマンハッタン計
画というものが第二次世界大戦中に国家計画としてアメリカで始ま
った(1939年)。
原爆開発に取り組んだのは、ハンガリー系のユダヤ人でアメリカに
亡命した物理学者レオ・シラード。
ナチス・ドイツが原爆を先に保有することを恐れたためである。
アインシュタインは核エネルギー兵器には反対で計画には加って
いない。
この時にはルーズベルト大統領は検討委員会を設けた。
ユダヤ系の科学者オットー・フリッシュとルドルフ・パイエルスの核
エネルギーの兵器応用の実現性を高めた案を聞いたルーズベルト
は、国家プロジェクトとして研究を立ち上げた(1942年)。
科学者のリーダーは物理学者ロバート・オッペンハイマー。
ハーバードやカリフオルニア大学学生や数学に優秀だった高校生
もこの研究に加わった。
この開発は秘密裏に行われた。
ナチス・ドイツは原爆を開発していなかった。
にもかかわらず、アメリカは原爆を作ったからには実際に実験を試
みなくてはならなかったのか。
その背後には人種差別もあった。
普通の神経なら実際に生きている人間をターゲットにした原爆投下
は踏みとどまるはずだ。
しかしアメリカにより広島・長崎に原爆が投下された(1945年8月
6日広島・9日長崎)。
謝ってすむものではないがルーズベルトさん、オッペンハイマーさん
いっぺんでも謝りましたか?
相手側の狂った冷酷な欲望により殺戮されたくありません。
こちらは正真正銘丸腰、相手は核兵器では話にならない。


敗戦の結果、戦勝国(アメリカ・イギリス・ロシア・支那)が敗戦国の
日本を一方的に裁く国際法無視の東京裁判が行われた。
東京裁判の判事の中で、当時国際法の専門家であったパール判
事だけが被告人全員無罪の判決を下した。
パール判事は「ハル・ノートのようなものを突きつけられたら、モナコ
やルクセンブルクも矛を取ったであろう」と言った。
東京裁判では戦場に行った将校・兵隊1068人が戦争の責任をとっ
て死刑判決を受け処刑された。
戦争犯罪は戦勝国も犯しているのにだ。
GHQのマッカーサーは、「ウオー・ギルト・インフオメイション・プログ
ラム」を実行し、日本人だけに罪悪感を植えつける洗脳計画をあら
ゆるマスコミを使い実行した。
この洗脳から逃れられている日本人はいるのか?
海千山千の共産各国が日本を叩かないのは、アメリカの傘下にい
るからだと言う事はもう小学生でも知っている。
守ってもらっているのに悪く言うなんて、いくらお金をもらっても、守
る方も心底熱意が湧かないでしょうね。
騎士は命をかけて守る姫が、自分に操を立ててくれるから命をかけ
る気になるものです。
どうしますか?  いいとこどりするだけ?


日本人外交官の杉浦千畝氏は6000人のユダヤ人に日本の通過
ピザを与え鶴賀に上陸させ、神戸から上海に向かう逃亡を助けた。
満州の関東軍の樋口季一郎少佐・安江仙江大佐は2万人のユダヤ
人を助けた。

投稿者 mari : 13:05 | トラックバック

2007年08月10日

夏日に思うこと

8月6日と9日前後には2度と繰り返してはならぬと言う悲惨な戦争
体験がマスコミでも語られる。
15日の終戦記念日(敗戦日で日本国が滅亡した日ととらえる人もい
る)がもうすぐおとずれる。
本来の闘いは軍事関係にいる軍隊どうしがやるものなのだが、民間
人を巻き込んでしまわないわけにはいかないのが戦争だ。
民間人の殺傷は国際法違反である。
戦争とは軍隊と軍隊との戦いなのに、どちらにも民間人のスパイやゲ
リラを参加させ、女性や老人や子供まで戦っている。
私の祖父は琉球人で糸満市真壁出身、子供の頃はひめゆりの塔や
摩文任(まぶに)の丘、米須付近で遊んでいた。
大東亜戦争の時には台湾に行き来しており、敗戦後引き上げ船に乗
って家族が沖縄ではなく、ひとまず祖母の実家の日本(内地・和歌山)
に戻ってきた。
糸満の役場が焼失したために記録が無くなり、比嘉から日賀良に苗
字を変えた。
具体的な戦争体験者しか戦争を語れないと言う御意見の方はここで
引き返して下さい。


外交の延長線上、どうしても折り合いがつかなかった場合に武力衝
突(戦争)が起こる。
現在は、ミサイルで地球上の国が無くなる危機的状況にある。
国と国との間で核戦争をさけたいのは当然のことだ。


日露戦争(1904年)のあとアメリカは日本を仮想敵国にしてオレン
ジ計画を立てており、また排日移民法で日本人の移民を締め出し米・
英・支・蘭の4国でABCD包囲網を作り経済封鎖を実行した。
盧溝橋事件(1937年)、三週間後に通州事件が起こる。
戦争に持ち込まず、誰が話し合いでアメリカ帝国主義やロシア、支那
の共産勢力から日本を守れただろうか?
日本が日露戦争に負けてロシアの植民地になっていたら、人々は国
を追われ世界中に散らばっていたかも知れない。

1941年アメリカは日本にハル・ノートを突きつけた。
その結果同年12月8日太平洋戦争勃発(真珠湾攻撃で宣戦布告)
各国それぞれの損得の思惑があり、日本側の真珠湾攻撃の暗号
を解読していたにもかかわらずルーズベルトは国民をその気にさせ
るために日本から先に手を出させることにした。
今なら何でもいえるが、その当時の時代の流れの中でいったいどん
な選択があり、どうすればよかったのだろうか?
共産主義勢力を威嚇するためにアメリカは広島・長崎に大変なことを
した。 人体実験をやったとも言われる。
原爆を落とされた方はたまったものではない。
数で殺戮の無念さは推し量れないが、一般の市民は30万人亡くなっ
た。
ゲルニカの死者は3千人であるが、東京大空襲の死者は10万人だ。
戦争で犯罪を犯さない国はない。

私が中学の頃、スイスは永世中立国(1815年ウイーン会議で国際
的に承認される)であり、平和的且つ牧歌的な理想国だと社会の教
師に習った。
永世中立国は戦争を仕掛けず、他国間の戦争にも加わらない。
そのかわりナチスの飛行機であろうと連合軍のものであろうと、自国
を侵犯したものはおかまいなしに追撃した。
スイスは日本のように他国を頼れないので、自国で侵略国を撃退しな
ければならない。
そのために強大な軍事力が必要となってくるので武装中立である。
現在スイスには常備軍はいないが、国民皆兵であり兵役義務が20
歳〜50歳の男性にあり、20歳になれば初年兵学校で4ヶ月の訓
練を受けなければならず、2年に1回のわりで2週間程度の徴兵訓
練に参加しなければならない。
非常事態が起これば6時間以内に30万〜40万人の兵士動員をする。
各家庭や学校には核シェルターがあり、自動小銃と銃弾が支給されて
いる。
スイス連邦法務警察省が各家庭に「民間防衛」と言う本を配布し、あら
ゆる攻撃を想定して身を守る方法を教えている。


中米のコスタリカは軍隊を持たないがアメリカと軍事同盟を結び(米州
相互援助条約・リオ条約)アメリカの影響下・保護下(集団安全保障体
制)にあり、中国、キューバとは国交がない。
米軍と麻薬取締協定を結び、米軍の寄港と領土使用を容認し、コスタリ
カ領の一部が軍事基地化している。
その点で永世中立を自称しているが国際社会からは認められていない。
常備軍は放棄しているが、公安警察(防衛・軍事力)があり、軍隊並み
の戦力を保有する。
軍事費はないが、防衛・国内治安予算はある。
治安警備隊は有事に備えて対戦車ロケット砲、機関銃は持っている。


日本の防衛はすでに他国によって行われている。
だから自衛しなくてもすんでいると言う。
そのことについて言い及んだだけで、きな臭い匂いがする、軍靴の響
きが近づいてくると言って毛嫌いし、平和の敵だとののしって耳を貸さ
ず自他を思考停止に追い込む自称平和主義者がいる。
いきなり怒鳴って話も出来ないような対話封鎖をする人たちは現状維
持のままでいいと思っているのだろうか。
現地点で防衛(防備)を解いていいわけはないが、強国の傘下でお金
を払い、うすぼんやりと無気力なポチになっているのも辛い。
現実的に、防備を解けば、国が例えば銀行や宝石店、武器販売店、
スーパーだとすると直ちに賊が進入するだろう。
自家の金科玉条を額縁に入れて外部の侵略者にその玉条を守らせ
ようとしてもそれは、自家だけに通用する道徳であって侵入者は読
みもしないだろう。
威嚇を肩代わりする者の抑止力があるから自家が守られてきたのだと
言う意見がある。
防衛しないでよい侵略のない時代を作るためにはどうすればよいのか?
人間の内奥の闇から吹き上げてくる殺戮の欲望をしっかり見つめ、コン
トロール力を高める以外には、今のところ解決の見込みはないように思
える。
いたるところにはびこっているいじめ問題も闇の検証をおろそかにした結
果だと思える。

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2007年08月05日

カラオケボックス

初めてのカラオケボックス
映画好きの30名が集まって
13時から18時まで
映画のクイズを出し合い
大音響の中で歌い踊る


特殊撮影をする以前の
円谷監督と
大喧嘩をした男優は誰?とか
★答え 長谷川一夫
黒沢明監督の「七人の侍」をリメイクした
「荒野の七人」に出た
男優七人の名前は?とか
映画オタクさんたちは
ほとんど正解

昨今の映画ベストスリーを
隣の人と聞きあい
監督の名も映画の名もスターの名も
機関銃のように飛び出す
映画知識人を取り囲んで
その豊富な知識に
驚嘆する


花を生ける時に使う剣山(けんざん)の針が
どすどすと体全部にめり込み
打撲傷を負わせるようなカラオケの硬い音源
に割り込んで
目に痛いライトを浴び
マイクを使用して怒鳴るささやかな祭り
みんな小銭払ってでも歌いたいんだ
騒ぎたいんだ踊りたいんだ
韓国の汗蒸幕(ハンジュンマク)
(遠赤外線を放射する黄土でできた焼き物の窯のような
内部70度もあるサウナ)
に入った時のように
ショックを受け
体内の抵抗力が増す


バックスクリーンに
大音響の
植木等の追悼映画
加山雄三のエレキ映画を流し続け
話は半分も聞こえない
2〜3回聞き返してもまだ聞き取れない
意見交換というよりも
蓄積された体内エネルギーのぶつけ合い
はじきあい、交換吸収と言った方がよい
内容の深さよりも
突発的な面白さがウケル


オカリナ教室宣伝のために
「ロミオとジュリエット」などを吹き
1曲から2曲目に移るときに即興をいれ
「コンドルは飛んで・・・」の曲の時など
童謡「あの町この町日が暮れる」「お猿のかごや」
を途中に持ってきてつなぎ
「誰か止めて・・誰も止めないもんだから・・もう止まらない」
と言って
途中で勝手に曲を止めたのが
ウケル


6階建ての(もっとあるかも)
巨大ハンバーガーの具が全部
騒音の詰め物で出来ていて
押すとノイズが飛び出て散乱する
悪夢から
早々に退散し表に出た時の
開放感たら!
夏の日差しの何と柔らかかったこと

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2007年08月04日

おやおや・・

火縄銃の
火種に
火をつけて
ひき金を
左の
ひとさし指で
ひく
瀕死の
ひがさんが
左足
引きずって
ひがささして
日がさんさん


コロッセウム
ころしあいで
コロンだ


血気にはやる
吸血鬼に
灸をすえる

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