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2007年05月31日

映画「おばあちゃんの家」NO58

日韓交流のユニークな雑誌Sを刊行している韓国に首ったけの友人、日本人
のRさんから原稿依頼を受けました。 
今回の雑誌Sのテーマはずばり「映画」です。
欲張って何本もの韓国映画の感想を書いたのですが、キム・ギドク監督の映
画「春夏秋冬そして春」一本に絞って練りなおすことになりました。
そんなこともあって、韓国映画を思い起こしたのでこれからしばらくは韓国映画
のことを書いて見たいと思います。
韓国映画に初めて注目したのは、パンソリの放浪旅芸人の映画「風の丘を越
えて」でしたが、「大統領の理髪師」「酔画仙」「弓」や「シルミド」「グムエル・漢
江の怪物」「トンマッコルへようこそ」「王の男」のほかにも数々の恋愛もの、心
霊ものも面白く、適材適所で感情の濃いところを粘り強くぶつけてくるのが、薄
味のしらっとしたところの多い日本映画と違うところでしょうか。
薄味と言えば、水浸しのそうめんを大量の水を含ませたまま、薄味のスメにざ
ぶんと入れてすすり、最後は味のしない醤油色のスメに浸したそうめんをそう
めんの味だけで流し込んで食べる「そうめん流し」を未だに理解できずにいます。
私にとってしらっとした日本映画ってそう言う感じがします。
映画「おばあちゃんの家」で日本の優しげな人々の、傷つきやすい神経を逆撫
でするところは、わがままな都会っ子の少年がおばあちゃんを執拗に邪険にす
るところです。
それ以外は、すべて素朴で落ち着いた物語ですので選んで見ました。


映画「おばあちゃんの家」 
監督 イ・ジャンヒャン(女性)  2002年  87分

読み書きの出来ない一人暮らしのおばあちゃんのところに、母親の職捜しのために
ソウルに住んでいる7歳のサンウ少年があずけられる。
映画でおばあちゃんになっているのは、女流監督が韓国の田舎を探し回って、やっと
見つけた81歳の地元のおばあちゃんだ。
口のきけないおばあちゃんが、縁側に座る姿やすたすたと歩く姿が、周辺の自然に溶
け込んでいて実によい。
サンウ少年は、ゲームばかりして、持ってきたカンズメを食べるだけで、おばあちゃんを
厄介なきたないものとしか見ていない。
貧乏なおばあちゃんの唯一のかんざしを盗んで、電池を買いに行きお店のおじさんから
叱られるがふてくされるだけ。
市の立つ日、2人はバスで出かけかぼちゃが売れたおばあちゃんは、サンウ少年にだけ
食堂で麺を食べさせ、チョコパイを買い、帰りは自分だけバスに乗らずに歩いて帰る。
そこまでしてもらってもサンウ少年は何とも思わない。
ケンタッキー・フライドチキンが食べたいと言い、おばあちゃんが、かぼちゃと交換してや
っと手に入れた鶏をゆでてくれてもケンタッキー・フライドチキンじゃあないと怒って投げつ
けて食べない。
おばあちゃんは雨の中、鶏を抱いて帰ったので熱を出してしまう。
どうしてこうまで少年の言うことを聞いてやるのか、韓国の派手な態度を示すおばあちゃ
んを想像していたのでおとなしすぎて面食らってしまう。
サンウ少年のおばあちゃんは、どんなことがあっても1人で身支度をととのえながら、気
丈に生きていけるように自然に年を重ね、心と体を鍛えてきた人なのだ。
サンウ少年が、地元で暴れ牛から助けてくれた少年や、少女とも仲良くなり、おばあちゃ
んの懐の暖かさをわかるようになったころ、母親がむかえに来る。
字のかけないおばあちゃんのために、サンウ少年は、何かあった時に出せばいいだけの
自分の住所が書いてある葉書を渡す。
バス停での情が後を引く別れは本当に悲しかった。
それぞれのおばあちゃんを思い出し何万何千の人がそこで恋しい美しい涙を流したと思う。

投稿者 mari : 22:11

2007年05月25日

ヘレン・ミレンの映画「鬼教師ミセス・ティングル」NO57

★ネタバレしますので不快な人は決して読まないように
  (今までのブログとこれからのブログも同じです)


一言で言えば
嫌われ者の鬼教師ミセス・ティングル(ヘレン・ミレン)が、3人の高校生
の希望あふれる前途がしぼんでしまうような冷酷非情な行き過ぎた仕打
ちを彼らに対してやってしまうことに対して、そんなことをされたらたまらな
い彼らが猛反撃をし、相互バトルが繰り広げられるお話。
待ってましたとばかり、鬼教師ミセス・ティングルに30年間「クビにする」
と言いたくてしょうがなかった校長が、嬉々としてほんとうにクビを言い渡
します。

鬼教師ミセス・ティングルは離婚し、時々たずねてくる警官と女王様プレ
ーをしている。
女王様プレーをする直接の場面は出て来ませんが、彼(警官)がそう言
うことを好む場面が学生相手に出て来るのでそれと分かります。
このようなことには筆者は興味がなく、映画に出て来ているので人物理
解のために書いているだけなので、変なメールを無名でよこさないように。
前回の映画「乙女の祈り」で映画に出てきた同性愛と言う言葉を使用し
ただけで、そこに反応したのでしょうか可笑しなメールが来ました。
余談ですが、女王と言えば、鬼教師ミセス・ティングル役のヘレン・ミレン
は、今年のアカデミー賞主演女優賞を映画「クイーン」で獲得しています。

<ストーリー>


場所はオハイオ州の小さな町。
母子家庭の優等生リー・アンは母親の期待を一身に受けて、オールAの
成績を取って主席になり、奨学金をもらって大学に進まなければならない
ことが少々重荷に感じられています。
ほかの科目は全部Aなのに、鬼教師ミセス・ティングルの歴史ではAが望
めそうにない。
鬼教師ミセス・ティングルの授業風景は、学生の意見を聞いては学生に冷
水を浴びせかけ嘲笑するタイプのもの。
どこの学校にも大なり小なりこういう教師はいます。
知性的な鬼教師ミセス・ティングルは、常に学生の非を見つけ即座に毒舌
をふるい相手のめんつも誇りもつぶしてしまう。
この態度は彼女のどこから来ているのか原因がつかめない。
授業は知的であるけれどもギスギスしていてユーモアがなく問題に含まれ
ている、いくとうりもある事実や真実を吟味出来る時間を共有出来ないので
ちっとも面白くない。
そんなこと以前に、信頼関係が結べていないので学生は気分を害してしま
うだけで成長することも出来ない。

体育館にそれとなく集まったリー・アンと親友のジョー・リンと男友達のルー
クの3人。
ルークは歴史でAをとりたいリ−・アンのために試験の問題用紙を盗んで来
ます(ルークはリー・アンが好き、リー・アンもルークが好きだけど好きなこと
を隠している)
驚いてあわてているリー・アンのカバンの中に、ジョー・リンは試験問題用紙
を突っ込みます(ジョー・リンはルークが好き)
3人の話を盗み聞きしていた鬼教師ミセス・ティングルはことをうまくおさめる
のではなく、まだ大々的には起きてもいない事件の初期段階の尻尾をつか
み問題を大きくしていこうとします。
舌なめずりして人が困る方向へ問題を押しやってしまうタイプの鬼教師です。
楽しみが少ないのでしょうか、生徒の落ち度に快感を覚えているように見え
ます。
幸いなことに校長は留守。

3人は鬼教師ミセス・ティングルの家に謝りに行き温情を乞いますが、受け入
れてもらえるはずもなく、鬼教師ミセス・ティングルを自宅に監禁してしまう方
向に事態は進んでいきます。
2階のベットに両手首を万歳をする格好で結び付けられ監禁された鬼教師ミセ
ス・ティングルは、交互に見張りをしている3人が1人になった時、代わる代わ
る相手が一番不安になるような男女間の問題を突きつけて3人の連帯を崩そ
うとします。
彼女は男女間の愛憎真理に長けており、高校生などその悪智恵に太刀打ち
できるはずもありません。
しかし高校生は、自分の将来がかかった大事な問題には必死であり、体力も
あり、とっさの条件反射も、行動力も、失恋を乗り越える力も絶大なものがあり
ます。
ちょうど鬼教師ミセス・ティングルと3人の高校生のどたばたバトルがたけなわ
の時に、何日も学校を休んでいる鬼教師ミセス・ティングルを校長が訪ねてき
ます。
鬼教師ミセス・ティングルが授業の時に学生から没収した旧式の弓道具を使っ
て矢を放った時、たまたま成績のことで彼女の家を訪れたもう一人の女子高校
生の優等生に矢が当たります。
彼女はぶ厚い本を胸にかかえていたので矢はそこに当たり助かります。
目の前で起こった一部始終を見ていた校長は、鬼教師ミセス・ティングルを即刻
クビにできました。
最後に顔を上気させ今までで一番きれいな顔をした鬼教師ミセス・ティングルが
「お見事!」と学生に言います。
鬼教師ミセス・ティングルがバカだと思い込んでいた学生たちは、鬼教師から身
を守る実際の方法を智恵を出しあって考え実行しました。
教師だからそんなことするはずがないと言う楽観は鬼教師ミセス・ティングルの授
業を受ければ通用しないことがわかります。
教師のところを別の職業に置き変えてみてもよいわけで、意識にのぼらせておくだ
けでも世の中で似通った体験をした時にショックが小さくてすみます。
また自分がある職業に就き、少しでも世の中のために尽くしたいと願い平和を望ん
でそれを高らかに歌ったとしても、そのことを理由に国や宗教が違う相手が便宜を
はかってくれることがあるとはかぎりません。
命を奪われることさえあるのが実情です。
常に施錠と警戒と防御策が必要です。
鬼教師ミセス・ティングルは今までは高校で誰からも相手にされませんでしたが少
なくとも今回の高校生3人との対等な感情のぶつかり合いバトルでは、思う存分に
渡り合えたのでほっとした表情が浮んでいました。


監督  ケヴィン・ウイリアムスン 
1999年 アメリカ  1時間36分

投稿者 mari : 10:48

2007年05月21日

映画「乙女の祈り」 NO56

1954年にニュージーランドで実際に起きた事件をもとにした映画です
「ママを殺したの」と叫びながら返り血を浴びて
女子高に通う2人の少女が血だらけで林の中を駆けて来る

2人の少女は自立のために母親と自分を区別し
受容出来る部分とそうでない部分をより分けて乗り越えて行くのではなく
小言ばかりをまくし立てる母親を
自分たちの成長の自由を奪う邪魔者として
本当に殺してしまう
殺された母親はポウリーンと言う少女の母親で
もう一人の少女ジュリエットが準備したレンガで
ボウリーンが何度も殴りかかって殺す
ジュリエットも瀕死の友人の母親を殴る
ポウリーンは内気だが好みがはっきりしている
下宿屋と魚屋を営む父親と過干渉の母を持ち低所得家庭に育っている
ジュリエットは聡明で美しい
娘をかえりみない名門大学の学長の父と社交第一の母を持ち
イギリスから転校して来たハイソサイアティのお嬢様
何不自由のない生活を送っている
ジュリエットは才気にあふれてはいるが
フランス語教師の不備を突いて得意満面となるほど配慮に欠けている
かえってそう言うところが、生意気盛りのポウリーンをニヤリとさせてしまう


2人は意気投合し2人だけの空想の世界である「ボロヴィニア王国」を作り上げ
自分たちが粘土で作り上げた人形を住まわせる
2人ともオペラやハリウッドスターが大好きで
白昼夢の世界ではお城で人形たちと生活したり、
ハリウッドスターのオーソンウェルズに追いかけられたりする
お城が好きだったり、スターが好きなことには同感しますが
幸か不幸か過干渉の母親を持っていないので母親殺しの気持は理解しがたく
むしろ母親の無干渉ゆえに心理的に母殺しが出来ないことに気づかされている
父親が過干渉だと、少女は家出(逃走)することになるでしょうか


ジュリエットは結核を再発させ入院
2人の少女は幼児体験として孤独な闘病生活を送ったことがあります
ポウリーンは下宿している青年と不用意にベットを共にする
そのうちに2人の少女は医者に同性愛の診断を下される
2人の少女の両親は2人の少女の交際を禁じてしまう

ジュリエットの母親は娘とはほとんど離れて暮らし、愛人を作って離婚するような人
この勝手気ままな母親は彼女たちの領海を侵さないので殺されないですみますが
母親としての領海は彼女たちの中に息づくはずもなく、いないも同然
ジュリエットは両親に1人でアフリカに行かされそうになる
別れの日が迫っている中で、2人の少女は
まず口やかましいボウリーンの母親を殺す
この母親は特殊でもなんでもなく日本ではどこにでも見かけられる
世話やきの、人のよいしかし鈍感な母親

2人の少女は裁判では有罪となるが釈放され
ポウリーンはオークランドの書店に勤務
ジュリエットは英国に戻ってアン・ペリーと言うペンネームでミステリー作家に
現在生きていたら2人とも80歳くらいでしょうか
2人は決して会うことがなかったそうですが


学校ものの映画がとても好きで
夢見がちな美しい少女たちのファンタジックな会話を聞きたかったのですが
のっけからとんでもないものを見てしまいました
この映画を見た1日あと
ニュースで母親の首を持って警察に自首して来た日本の少年の事件がありました

監督 ピーター・ジャクソン  公開1994
108分 

投稿者 mari : 02:22

2007年05月06日

映画で快復こもごも NO55

馬鹿馬鹿しくても、ついつい引き込まれてしまうところがあるモンスターパニック映画
のDVDや昔懐かしい映画、その映画のリメイク版のDVDを眺めて暮らしていた。
この世のものとは思えないものが映画に出てくると、魂が少し飛び上がってこの世に
連れ戻される。
田舎ではこのことを「たまがった」、魂上がった(びっくりした)と言っていた。
現実では起こり得ないことに遭遇すると、薄らとこの世の出来事に興味が湧く。
こんな時の映画は、気絶した時にかがされる気付け薬の役目を果たしてくれる。
こちら側へ帰ってくるためには、蝿取り紙についたどぎつい粘液のような娯楽が必要だ。
いわゆるB級C級映画もありがたい。
時間をかけて気絶したので、立ち直りにも時間をゆっくりかけたつもりだ。


映画「ケルベロス」 98分 アメリカ 2005  監督ジョン・ターレスキー

   地獄の番犬ケルベロスは、ギリシャ神話に登場する、ドーベルマンのような犬の頭
   を3つ、毒蛇の尻尾、獰猛な牙を持った魔獣です。
   ケルベロスは、ドラキュラ城とそっくりなルーマニアの城の墓で世界を支配できる「マ
   ールスの剣」を守っている。
   ひとたび「マールスの剣」を奪おうとする者が現れると、容赦なく食い殺す。
   地獄の番犬ケルベロスが、地下トンネルの中を追いかけてくる鼻息と足音が真に迫
   っていて、ひしひしと恐怖が蘇って来る。
   「マールスの剣」の隠し場所が書かれているアッティラ王の鎧(よろい)が美術館から
   テロリストたちによって盗まれ、女性の考古学者たちが追跡する。
   平凡な追跡劇が延々と続いたので少し飽きたがそれでも面白かった。
   地獄の番犬ケルベロスの登場がもっとあってもよかった。
   毒蛇の尻尾、獰猛な牙の活躍がもっと見たかった。
   地獄の番犬ケルベロスとはお友達になりたくてもなれないので残念です。


   <なぜか大好きなケルベロス君について>ギリシャ神話の中の魔獣

★地獄の番犬ケルベロスは、冥界神ハーデスに仕える身であり、タルタロス
  と呼ばれる奈落の底に住み死者が出入りする青銅の門を守っている。
  彼は太陽の光と美しい音楽に弱い。
  竪琴の名人の詩人のオルフェウスが、亡くなった妻のエウリディケを冥界に
  訪ねた時に、ケルベロスはオルフエウスが弾く竪琴の甘美な音色を聞いて
  眠り込んでしまいます。
  巫女がトロイア戦争の英雄を冥界に案内した時、芥子と蜂蜜を混ぜた御菓
  子をケルベロスに与えるとおとなしくなったそうです。
  彼は甘いものが好きであることが判明しました。
  古代のギリシャやローマにおいては死者の手に甘いパンを握らせるのは、
  この故事に基づいています。
  ヘラクレスには、素手で羽交い絞めにされ、地上の光を浴びて苦悶のあま
  り、猛毒のよだれをたらします。
  その辺にあった草がトリカブトに変わりました。
  ケルベロス君も色々な苦い体験があったんですね。
  美男の古代エジプトのインプウ(首は犬またはジャッカルで下半身が人間
  ・死者の罪を天秤で量る)もいますが、日本だと賢いポチとかで魔物ではあ
  りません。
  ケルベロスは、青銅の声(鈍く響き渡る金属めいた声)をもっていると言われ
  ています。すごい低音と高い金属音の混じった声!まさに魔獣の声!
  モンゴルのホーミーとは違いますが、想像するとゾクゾクしてきませんか。
  頭は3個ではなく50個とも100個とも言われています。
  地底で100個の首が一斉に吠え出したらすごいでしょう。
  彼は、地獄の渡し守カロン(ボロを着た長い髭の無愛想な老人)に対してだ
  けには心を許します。 
  孤独な身どうし、伝達手段は以心伝心かテレパシーであったかもしれません。
    

★その他見た映画の感想は、後日書くつもり。 題名だけでも忘れないよう
    に書いておきます。

1)映画「プレスリーVSミイラ男」  

プレスリーは途中で彼のそっくりさんと入れ代わって老人ホームで生きていた。
老人ホームの老人たちの魂を食って生きのびている4千年のミイラと戦います。

2)映画「妖怪地獄・岸和田少年愚連隊」  

おばかな男子高校生(40歳にしか見えない)かおるちゃんが出て来て妖怪退治
をして暴れまくります。

3)映画「花嫁吸血魔」  

老婆の陰陽師役に五月藤江(化け猫映画には欠かせない)が出演。
本物の水をおけに入れた水鏡をかき回して、今他所で起こっていることを見ること
が出来る。
若い頃の女優・池内純子が体中に真っ黒い毛の生えたこうもりのお化けに。
ちっとも怖くない。

4)映画「奇談」  

漫画家・諸星大二郎の作品の映画化 。
既成の宗教では救われない亡者たちがうようよ。


5)映画「アザーズ」  

古い屋敷に住む3人の親子と召使登場のイギリスゴシックホラー
ネタバレ・・・・実は皆死んでいて幽霊だった。


6)映画「スウェプト・アウエイ」  

地中海にバカンスに来ていた女性と漁師の男性が事故で無人島に漂着し、2人の
力関係が逆転。
渋くて傲慢で素敵な女性、歌と踊りが最高だなと思ってみていた彼女は何と歌手の
マドンナでした。
映画「流されて」のリメイク版。


7)映画「透光の樹」    

女優の秋吉久美子は好きな女優。
彼女がしゃべると普通のせりふになまめかしさと不思議な説得力が。


8)映画「あの子を捜して」

主役の少女はチャン・イーモウ監督から田舎に帰るように言われたそうだ。
少女には、監督に見出されいっしょに暮らしていたコン・リーとか愛人関係
にあったと言われているチャン・ツイーとは違った魅力はあったが、しなや
かな色気と女優としての匂いが全く感じられなかった。


劇場で今やっている映画「「ハンニバル・ライジング」「クイーン」「バベル」
「ブラッド・ダイヤモンド」「サンシャイン2075」もみました。
思い返してみて、消化できていたらとりあげます
                 

投稿者 mari : 12:30

2007年05月01日

映画「王の男」 寸思寸笑 NO54

女ともだちの間で、女性より美しい男性が出てくると言う評判の韓国映画だった
ので、早くみたい一心で小走りにレンタル屋に駆け込みようやく借りてきたDVD
だった。
いつも誰かに借りられてしまっていて1ヶ月も経ってしまっていたが、今日あたり
は借りられそうな予感があった。
返却されて10秒とたたないDVDに飛びついた。
女装の麗人男性が何人も出てくる映画だと勝手に楽しみにしていたが、思い込
みの意に反して、麗人はたった1人だった。
麗人コンギルの美しさと芸に大いに満足した。
16世紀、朝鮮王朝10代目の暴君燕山君(ヨンサングン)といっしょに、芸人たち
の芸に笑い転げた。
所は今のソウル(昔は漢陽・カンヨウ)
芸人の頭(かしら)チャンセンと相棒の麗人コンギルと仲間たちが、王を風刺した
劇が宮廷役人に知られるところとなり、芸人たちはとうとうと捕らえられてしまう。
王を笑わせることが出来たら、命は奪われないですむのだが、儒学思想がもと
となり品位が保たれなければならないお堅い宮廷での、猥雑(下ネタ)な芸は、
どぎつい感じも受けたが、心をほぐす力があった。
王は厳格な表情から、いきなり前ぶれもなく崩れて変貌し大笑いする。


麗人コンギルが王の部屋で指人形劇を演じ、行燈で蝶の影遊びをする。
つられた王が心の傷を、指人形にたくして露土し、自分を理解し開放してゆくの
は演劇療法のひとつだ。
しかし心の開放が復讐に向かい、本人が権力を持っていると、とんだことになっ
てしまう。
王は王の母を殺した前王(故人)や女官や関わりのあった家来を知ることとなり、
狂ったように彼らを殺してゆく。
宮廷を出ればまたもや食べることが出来なくなる芸人たちの頭(かしら)である
チャンセンと麗人コンギルは芸の道で強い絆で結ばれた相棒どうし。
2人は落城の真最中、中空に張られた綱をわたる綱渡り芸を演じることになるの
だが・・・・・


サムヌノリの演奏や寸劇、中国の京劇風の劇もストーリーの流れと勢いに乗っ
て素晴らしく、ビビットな色の衣装の鮮やかさ、落ち着いた色の組み合わせにも
目を見張った。
もっと微細な感想は後日に譲ることにする。


個人的な話、4月半ば義理でどうしてもやらなければならなかった騒音の中での
2つの演奏がたたって休みに入り寝込んでしまった。
とにかく、お客様に失礼のないように、どのようなこともすべて明るく引き受けてし
まう第一マネージャーの私。
体力や気力の消耗の激しさと賃金が半額以下であることに屈辱を感じる第二マネ
ージャーの私。
恨も怨も煩もすべてわが身に吸収し、それを超えたところから来る音に専念しょう
とする私。
1人3役であああ疲れすぎた。
何も考えられず、体は動かず世を呪う欝状態に突入。
エネルギーを溜め込んでいるところです。
笑ったり泣いたりする感情が戻ってきたのは、昨日から。
韓国映画「おばあちゃんの家」と「王の男」でわくわく感を取り戻せた。

「王の男」で気づいたことは、俳優の外観が日本の俳優さんにそっくりだ
ったこと。

○旅芸人の頭チャンセン(男優カム・ウソン)
→歌手の松崎しげる

○麗人コンギル(男優・イ・ジュンギ)
→松下由樹(女優)
 彼女を縦に伸ばして涼やかにした感じがコンギルにそっくり

○王の燕山君
→柄本明(男優)

○家臣の大臣
→芦屋雁助(裸の放浪記の山下清役/男優)

○妃
→林寛子(黒沢明監督の息子久雄氏の元妻/女優)

○3人グループの芸人たち
→間幹平(お笑いタレント/男優)

投稿者 mari : 11:06