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2007年04月24日

アニメ映画「白蛇伝」 NO53

日本初の長編アニメーション映画   
1958年東映制作  78分 
声優 (1人10役) 宮城まり子 森繁久弥

あまりの懐かしさに衝動的に飛びついたDVD。
「白蛇伝」は日本が作った初めてのカラー長編アニメーション映画
の名作。
小学生の頃に初めて触れた恋愛アニメだった。
時代は中国の宋。
白蛇の精の白娘(パイ・ニャン)と人間の若者の許仙(シュウセン)が
幾多の苦難を乗り越えて結ばれる物語。
このような男女の絆の深さを現わす物語を知ると、実現が困難だから
と言って、心を他の異性へすぐさま移すことが出来る恋愛を、いい加
減なものだと思うようになった。
異界から来た女性と人間の若者との恋物語は色々あるが、異界から
やって来たほうが覚悟が出来ていて命をかけている場合が多い。
しかし人間の若者の許仙(シュウセン)は、初めから終わりまで気持を
変えず、見かけはやさおとこだが、心は強く柔軟、白蛇の精の白娘(パ
イ・ニャン)を敬い慕う気持ちはつのる一方だった。


アニメ制作のときには、一度生身の俳優さんを使って演じてもらい、そ
のフイルムを見て、アニメの絵をおこしたそうだ。
白娘(パイ・ニャン)の役は、女優の佐久間良子、許仙(シュウセン)は
水木襄、少青(シャオ・チン)役は松島トモ子だった。


アニメ「白蛇伝」が作られる2年前に「白夫人の妖恋」と言う映画があり、
山口淑子、池部良、八千草薫が出ていたが、子供心には面白い映画
ではなかった。
池部良が子供のときに嫌いだった大人にそっくりだったと言う、極めて
個人的な理由である


日本初のカラーアニメが中国の物語で、がっかりした人もおられることだ
ろうが、翌年には東映が2作目のアニメ「少年猿飛佐助」を作っている。


テレビで宮崎駿監督が「白蛇伝」を高校の時に見て、白娘(パイ・ニャン)
に恋をし、自分の欲する道が見つかったと言っていた。


宮城まり子さんは、物語を理解した上で歌を歌っており、表現も可愛く、
独特の癖が魅力的。
声は甘く可愛くフアンタジックで、そのメロデーは心に甘い彫りこみをつ
けた。
時を経るにしたがって、初々しかった歌の甘いせつなさは深まるばかり
で、大人になってからもいつまでも忘れることが出来ない。
歌をほんの1秒でも思い出すと心の霧は美しく晴れ渡った。
3つの歌が特に素晴らしかった。
特に冒頭の夕焼けの野原のシーンで歌われた、白蛇との別れの歌。
白娘(パイ・ニャン)と許仙(シュウセン)が春の庭園でそぞろ歩きする時
の、この世の忘れがたい男女の永遠の恋と花咲き匂う春を讃える歌。
沢山の宝石の中から虹色のシャワーを放つ2つの星を取り上げ、魚の精
の少青(シャオ・チン・白娘の身の回りの世話をする娘)が手に持って歌う
歌。

子供の頃「白蛇伝」の祭りの日の市場のシーンで、屋台の野菜売りのお
じさんが「おいしいかぼちゃだんべ」と言うのと、団子屋が「ダンホーダンホ
ー」と言う売り声の真似をしてふざけていたのを思い出す。


「あらすじ」


中国の西湖のほとりに住む少年・許仙(しゅうせん)が一匹の白蛇を助けて可
愛がっていたが、大人に叱られて野原に逃がす。
月日が経ち、許仙(しゅうせん)は若者になった。
ある日笛を吹いていると、笛の音に呼応するように胡弓の音色が聞こえてきた。
それは少年・許仙(しゅうせん)が助けた白蛇の精の白娘(パイ・ニャン)が奏で
ている胡弓だった。
2人は一目見て恋に落ち、相思相愛の仲になる。
白蛇の精の白娘(パイ・ニャン)は妖術を使い、人身を惑わすと言われ、法力を
持った法海和尚(ほっかいおしょう)に追われることになる。
荒れた屋敷が白娘(パイ・ニャン)の妖術で美しい屋敷に変わり、そこに飾られ
ていた龍の置物が息を吹き返し、少青(シャオ・チン)や許仙(しゅうせん)のお
供のパンダとレッサーパンダを連れて空へ舞い上がり、ある金持ちの屋敷の宝
物殿に屋根を破って落ちる。
少青(シャオ・チン)はそこで宝石を拾い、(許仙(しゅうせん)と白娘(パイ・ニャン)
にわたす。
許仙(しゅうせん)は妖術つかいの盗賊の一味と間違われ、蘇州に流される。
白娘(パイ・ニャン)が、許仙(しゅうせん)に近づこうとすると、法海和尚(ほっかい
おしょう)に阻まれ、白娘(パイ・ニャン)を追いかけた許仙(しゅうせん)は崖から転
落して死ぬ。
白娘(パイ・ニャン)は竜王のところへ行って、妖術つかいで永遠に生きられる命を、
人間の命にしてもらい、許仙(しゅうせん)の命を蘇らせてくれる命の花をもらう。
2人は虹のかかった海に浮かべられた小舟に乗り旅立つ。

投稿者 mari : 10:16

2007年04月21日

映画「ゆれる」 NO52

2006年 119分 日本 監督・西川美和

極めて個人的な感じ方ではありますが、登場する男性の全部がノイズ系の大声で
怒鳴るシーンのある映画でした。
オダギリジョーをあまり好きではないのでほうっておいた映画でしたが、見たあとに
スローモーションのつかみ合いの喧嘩のようなはっきりしない気分が残りました。


ストーリー


母親の一周忌に写真家の猛(たける)が東京から帰郷する。
猛は、ついさっき写真スタジオのアシスタントの女性にちょっかいを出していたのに
兄の稔(みのる)が思慕を寄せている智恵子の家に上がりこみ、あれよあれよと言
う間に彼女とベットを共にする。
彼女に対する兄の稔の気持を知っていたのなら、本来の弟とすれば普通は出来な
い行動である。
うすうすでも兄の願いを感じ取れていたのなら不遜な行為であるが、智恵子の吸引
力に応じて何となく手を出してまったようにも感じられる。
智恵子も智恵子である。
兄弟の恋愛テリトリーの中にいる女性は、恋愛のもつれが起こることに配慮してよー
く考えて行動してください。
なぜかオダギリジョーが演じると、欲望にまかせて何となく好き勝手をしているように
見えてしまう。
彼が演じると、世間に対してぼんやりした好意はあるにせよ何をやろうとしているのか
先が見えない。
風貌は異なるが、男優の浅野忠信も同じように意思薄弱に見えてしまう。
何もやりたくない気分で動いているとしか思えず、倦怠感が感じられる。

猛と稔と智恵子はつり橋のかかる川へハイキングに行く。
将来を約束してくれるとでも思ったのか、猛に追いすがろうとする智恵子。
彼女をやんわりと振り切り、「クソしにいく」とわざわざ断って猛は、さっさと一人で姿
をくらます。
女性にとっては、蛇の生殺しでしょう。
それにしても、この新陳代謝を表す台詞、必要でしょうか?露悪趣味?


智恵子って男の後から覆いかぶさる、おんぶお化けかも知れない。
一方的に男を追いかけて狂いそうで怖い。
兄の稔は、つり橋の上の智恵子を追いかけ、智恵子ともみ合いになる。
智恵子は激しい口調で 「猛と東京に行くんだから」 みたいなことを言い誤って川へ
転落し死亡。
その声は好きでもない男に触れられたくない嫌悪感にあふれていた。
稔は何でもないように笑っていたが、もともと高所恐怖症で、つり橋が揺れるのに耐え
られず、智恵子に手を差し伸べたあと、彼女にしがみついたようにもみえた。
兄弟の兄からは好かれ、弟からは疎ましく思われつつある智恵子は、どちらと付き合
うにせよ兄弟にとっては厄介だ。
そんなことにも思いが及ばない智恵子を身内にするのは止めておいた方がよい。
3人3用の心がゆれ、つり橋もゆれ、ガソリンスタンドのホースの大揺れも画面に現わ
れる。
アニメ漫画制作の時に、画面が止まってしまうのを避け、人物が生きているように見せ
るために、わずかにずれたフイルムを2枚重ね、ゆれを作るらしい。


稔は智恵子をつり橋から突き落としたと言って刑務所に入る。
おとなしくて人のよい思いやりのある人柄であると思われていた稔が徐々に本音を吐
き始め、今までとはがらりと変わった側面を見せ始める。
香川照之は本音を演じると、とてもすごくなる役者だ。
人間の卑屈さや自暴自棄、嫉妬の奥で棒立ちになったり、しゃがみこんだりしている男
がちゃんといる。
検死の結果、智恵子からは精液が検出され、前の晩に男性と会っていたことがわかる
がその相手が分かるのは観客だけだ。

刑期を終えて出てきた稔を迎えに行く猛。
バス停の稔の笑顔がよい。
そこで映画は終わる。
映画「うなぎ」では刑期を終えたうなぎと会話を交わす男が、床屋を開き周りの人間に
もまれながら生活をし始めるが、稔は郷里にとどまるのだろうか、他の土地へ行くのだ
ろうか。

投稿者 mari : 01:51 | コメント (2)

2007年04月16日

映画「ナイトミュージアム」 NO51

この春、問題満載の重い暗い映画「マンダレイ」「奇跡の海」「ハンニバル」「ファウスト」
等々や、ねちねちと鬱屈した邦画、血のりドバドバの外国のホラー映画ばかり30本以
上を、DVDで見続けていた。
陽の射さない工事中の部屋が、冷気でゾクゾクし、異様なイメージが浮ぶ闇空間と化し
てしまっていた。
気分を変えたいので、想像力を駆使した笑える映画「ナイトミュージアム」(予告編で知
っていた)を映画館に見に行った。 
ラストシーンがめでたしめでたしで明るく、パーテイが開かれて、気のいい連中が皆親し
げに参加して踊る。
アメリカ自然史博物館に展示されているこの連中は、剥製であったり、蝋人形であったり
、ジオラマ(背景も含めた小型の立体模型)であったりする。
肉食恐竜のチラノザウルスの骨格、猿、象、ライオン、鹿、モアイ像、ネアンデルタール人
、コロンブス、ルーズベルト大統領、エジプトのファラオ、ローマ帝国のオクタビウス、西部
開拓史時代のカウボーイ、フン族のアッティラ、アメリカ先住民族のサカジャウィア(女性)
がいる。
モアイ像が「ガムちょうだい」とおねだりし、ガム風船を作って遊んでいるところが可笑しい。
話がすっ飛んで曲がって唐突ですが、ゴーギャンがタヒチに居を移した気持が少し分かる
気がします。
その根拠を3つ述べよなんていわれても困るけど。
現代人って他人の間違いをチェックし、間違いを見つけたなら、そこだけつついて指摘して
終了。
言い訳も出来ないのでうっかり出来ません。
先に答えを見つけておいて、そこに当てはまるマニュアルどうりの答えしか出せませんね。


一番気に入ったのは頭部が犬(もしくはジャッカル)、身体は人間のアヌビスだった。
アヌビスとはギリシャ語、エジプトではインプウと呼ばれ、エジプト神話の冥界の神で、冥
界の王オシリスに仕え、天秤で死者の罪を計る役目を果たしている。
映画ではミイラ(フアラオ)の護衛を2匹でしていたが、神秘的で敏速な感じを受け、美男
でかっこよかった。
胴体と目じりと口元の引き締まった彼らを連れて、古代のエジプト探検をして見たい。


物語
映画「ナイトミュージアム」
2007年公開 アメリカ 108分  監督 ショーン・レヴィ


アメリカ自然史博物館に眠る、エジプトのファラオのミイラの持つ黄金の王家の紋章の
霊力のおかげで、夜になると館内の展示物が息を吹き返すと言うお話。
離婚後、1人息子ニッキーにも愛想をつかされそうな男性ラリーが、自然史博物館の夜
間警備員として職務につく。
1夜目、彼はのっけからチラノザウルスに追っかけられるが、食べようとして追ってくるの
ではなく、骨を投げてもらってそれを犬のように拾いに行くのを楽しもうしているのだ。
小猿は彼を馬鹿にして、しょっちゅう鍵を盗み、ビンタ攻撃を仕掛けてくる。
映画館では、隣りの席の苦虫を噛み潰したような御老人が、小猿が登場すると「おごっ!
ぐうふふー」と言って、ひそかに喜んでいた。(笑いを内部でかみ殺していた)
動物と子供とコメディアンはすごいんです。
もと夜間警備員の老人3人組(俳優は80歳台)が、アメリカ自然博物館を止めたあと、老
後のために、黄金の王家の紋章や、金めの宝を自然史博物館に盗みに来て、馬車に乗っ
て逃げる。


★ネタバレしますので以下は読まないで・・・・
夜間警備員のラリーは息子ニッキーにといっしょに行動し、的確な判断、指揮で父親
の面目躍如。
泥棒の載った馬を止める言葉は「ダコダ」、まるで魔法の言葉で馬車は止まり、王家
の紋章を取り戻すことができます。

フン族の長、アッティラが敵を八つ裂きにするのは、子供の頃のトラウマのせい、つま
り、かまってもらえず寂しかったからとかなかなか説得力ありました。
仲の悪いカウボーイとローマ帝国のオクタビウスがそろって3人組みの泥棒と闘い、死
んだと思われていたのに、ぼろぼろの姿で戻ってきた時には勇敢さをたたえる雰囲気
がとてもアメリカ的。


初めて知りましたが、展示されていた女性でサカジャウイアと言うインデアンの女性が
いました。
10歳の頃、他部族のインデアンに襲われ、捕虜となり、その後毛皮取引をしていた商人
(カナダ人)の妻となりルイスとクラークがアメリカ北大西洋地域を探索した時にガイドを務
めたそうです。
館内の案内係の女性から尊敬され、一目会って見たいと思われており、それが映画では
事実になりました。
赤ちゃんをおんぶしている像がほんとうらしい。


これから何年も夜間の自然史博物館が継続されるとしたら、けっこう迷惑かもしれません。
全部の生きものが仲良く一つの場所にいられるはずも無く、人の興味を惹きつける清涼剤
のひと時の花火としてのフアンタジー映画でしょう。

投稿者 mari : 15:30

2007年04月10日

映画「仕立て屋の恋」 NO50

住んでいる団地の補強と塗り替えで、建物全体に白い網がすっぽりとかけら
れ、10日間室内が白い吹雪に閉じ込められている状態になっている
カーテンを開けると、作業をする人が、スパイダーマンのようにするすると降り
てきたり、キング・コングのように壁を叩き、アラジンと魔法のランプの盗賊の
ように壁に印をつけていたりしている。 
闖入者たちに出くわしてびっくりするのが面白かったのは初めだけで、太陽が
部屋に入って来ないためか、何かを見ようという気が起こらなくなってきた
前置きが長くなったが、霊気漂う深山に寂しく咲く、妖艶で恐ろしいさくらに会
いに行った帰りに、DVDをかかえるほど借りてきた
さくらを見ると、自分が全く空っぽになってしまい、何かで埋めないと生きた心
地がしない
仕事には否が応でも時間を取られるが、他人様を面白おかしく笑わせながら
やるので、意欲が湧いてくることもあるし笑いっぱなしでたいくつはしない。
しかしどこか腑抜けになる。
この世とのつながりを、ぎゅっと凝縮された痛い物語で取り戻したい。


映画「仕立て屋の恋」

監督 パトリス・ルコント フランス 1989制作 

手短かにはなそう。所はパリ。
女性の死体が原っぱに放置されていた。
前科のある中年男性の仕立て屋イールが警察に疑われる。
異常に潔癖で人間嫌いな仕立て屋イールは、向かいの家の女性アリスに恋をし
ている。
仕立て屋イールは、毎晩電気を消し、常に毎回ブラームスのピアノ四重奏曲第1
番ト短調をレコードで聞きながら彼女の部屋の一部始終を覗き見ている。
彼女の洋服の着替えから、食事、恋人との情事までを見つめ続けている。
殺人事件の犯人は、ほんとうはアリスの恋人。
仕立て屋イールの頭は剥げていて福助顔、無口で孤独、香水に対する一家言を持っ
ていて、ボーリングの腕前も、洋服の仕立ても超一流。
部屋の中はつやつやピカピカ、いつも整理整頓完了中。
仕立て屋イールは、アリスの恋人が犯人であることを知っているとアリスに話す。
恋人が死体の処理をする時にアリスが手を貸していたのを見てしまっていたからだ。
恋人しか愛していないアリスにとっては、仕立て屋イールの言葉は脅しであり、言い
がかりでしかない。
彼女は恋人を逃がしたいので、仕立て屋イールに関心を持つふりをする。
仕立て屋イールは調子付いて 「スイスに1軒家を持っている 明日2人でそこへ行っ
ていっしょに暮らそう」とアリス持ちかけ、列車の切符を渡す。
弱味を握ぎられ、いつもどこかで脅されている男性と暮らせますか、ばかですね。
だから彼女は駅には来ません。
当たり前でしょ、こんな簡単なことがわからないんですかね。
アリスと恋人のどさくさに紛れ込んで、恋人になり代わろうとしても無理、彼女に
嫌がられるだけです。
2人を逃がすための資金を渡すなら感謝されるでしょう。
投獄された恋人を待つアリスのそばにいて、彼女を見守り、いずれ恋人に愛想をつか
すであろうアリスに助言する日々を送っていたら、ひょっとしていっしょに暮らせる日が
来るかもしれません。
アリスの恋人が逃げる寸前に、アリスをがっと抱きしめたあの男の力にはとうてい仕立
て屋君は敵いません。
アリスは殺された女性のバッグを、仕立て屋イールの部屋に隠し、あたかも彼が隠し
ていたように見せかけ、警察を呼んで、仕立て屋イールに濡れ衣を着せようとします。
アリスに裏切られた仕立て屋の中年男イールに、こんなお人よしの台詞がありました。
「笑うだろうが、僕は君を恨んでいない、死ぬほど切ないだけだ でもかまわない、君
は喜びをくれた」
まだそんなこと言っていますか。
気に入った女性を彼女の意向がどうであれ、どこまでも自分のために信じ抜こうとする
寂しい可愛そうな男です。
好きなアリスからは刑事に突き出され、がけっぷちに立たされた時にまで何を言ってい
るんだと思いますが、ほんとにがけっぷち(屋根)から落ちて仕立て屋イールは死にます。
どこまでもバカですね。 自分のいいようにことが運ぶと思っていたのでしょうか。
福助さんが手をついておじぎする可愛さ、可哀想さ、哀れさに抗えません。
どうしょうもなさ100点満点です。

投稿者 mari : 01:25