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2006年07月28日

個人的寸評 映画「プルートで朝食を」NO9

監督・脚本 ニール・ジョーウダン
原作 パトリック・マッケ−ブ
2005 イギリス映画

<主人公は美貌のゲイです>
男優・キリアン・マーフイー主演(個性的な匂うような美女)


さて、その前に

<小説家/脚本家志望の若い読者の、blog映画寸評に対する御意見>
どんなことでもさー、あなたが一番心惹かれたことや面白くてたまらなかったこと
を書いてくれるとさー、その勢いで文面に引っ張り込まれて、映画に行ってみよう
かなと言う気になるんだよねー。
そのための設定だったら、主人公の名前や国の名前を読んでもたいくつじゃない。
もう映画のパンフは読んだし、だいたいの内容なんかとっくにわかっているんだ。
学生か教師の報告レポートみたいのなんかで、だらだらストーリーを説明しない
でよね。 お断りだね、そんなの迷惑じゃん。古いんだよね。自己満足じゃん。
映画を直接見たほうがいいもん。
その映画一回見ててもさー、あなたの映画寸評読んでもう一回見てみようかなっ
て気持ちにさせられるくらいであって欲しいわけ。
パンフ的な説明は映画会社のパンフだけでもう沢山なわけよ。
それからさー他人の文を書き写してるだけのとかさー、体験とか、夢とかの材料を
集めただけの記録とかさーあるよね。 脱力。 じゃあね。


<星笛館主人の弁明>
そうきましたか。「映画見たほうがうざったくねー」ですね。分かります。ほんと了解。
「ね」とか「じゃん」が沢山出てきますね。(こちらにも「ね」がうつってしまいました)
何もかも分かったつもりでものを言う大人のようではなく、辛辣ですがこちらを無視
していない(言い方はどうであれ)頭脳明晰なご意見ありがとう。
どんな風に感じているかよく分かりました。
意見なら誰がどんなことを言ってもいいわけですから。
「なーるほどなーるほどこれはまいったしくじったあはは・おほほっほっほー」
(一休さんの歌がなぜここで出る?1つ悟ったからか)
面白くないなら読まなければいいわけですが、少なくとも読んでくれての意見です
からありがたいです。
また誰が何をどうblogに書こうと(日記・記録・手帳がわり)自由ですから、興味が
あれば読んでください。
自分がわくわくしないことは書きません!
また面白くなかった映画でも、どこかわくわくしたところを思い出し、感動にたどり
着けるようにします!

★おまたせしました。いよいよ映画「プルートで朝食を」の寸評です
  星笛館主人の感じたままのものです

物語の要所要所には、かわいらしいこまどりの夫婦がさえずりながら現れ、こ
まどり語で物語を紹介してゆきます(勿論意味は字幕に出ます)

主人公のキトウンはゲイで美しい声の持ち主。ピアニッシモを含んだ魅力的な話し
方をしますので音楽を聴く時のように聞き、満足しました。


アイルランドの小さな町の教会の前に赤ん坊が捨てられています。
神父が通いの家政婦に手を出してしまって生まれた赤ん坊です。
後にゲイの美青年キトウンに成長します。
のっけからすごいテーマですが、世間によくある隠されたテーマが含まれています。
キトウンは養子先から家出をして母を捜しにロンドンへ出て行き、職業を次々と変え
て行きます。
キトウンに催眠術をかけて笑いものにする手品師の助手、道端に立っての売春、ス
トリッパーなどです。
ロンドンのアイルランド独立運動テロ(IRA爆弾テロ)で爆破に巻き込まれ、テロの容
疑者になった時、キトウンは夢沢山で荒唐無稽な受け答えをし、男の刑事たちを煙に
巻き、よれよれに疲れさせ楽しませてくれました。
(男が好きなのです)
漫談家のケーシー・高峰のほうがもっとねちっこくておもしろいのですが、キトウンの
もなかなかでした。
キトウンは街角で売春をやったこともあり、他人とちゃんと話せて、孤立せず、食事
も与えられる留置所が気に入り、ずーといさせてくれとたのみこむほどでした。
それほど自分のことを聞いてくれる人、ちゃんといさせてくれる場所がほしかったの
ですね。
成長するまで父母を知らず、養子となった家での乱暴な扱い、耳を引っ張る教師、
キトウンの存在を悪と見る聖職者、生活のため売春をした時に紳士から受けた暴力
など辛酸を嘗め尽くしていますから。

神父が教会に来ていた家政婦に手を出すシーンが面白おかしく展開されていて、陰
にこもらずこんな軽快な性描写でいいのかなと拍子抜けします。
ゲイの美青年キトウンが、父(神父・アイルランド在住)を付き止め、ロンドンに住んで
いる生みの母に会いに行きます。
どんな母だったでしょう。映画で確かめてください。
また父の神父がロンドンでストリッパーになったキトウンに会いにいきます。
神父も美男です。(何で神父になったのでしょうか)
そこらへんの心の機微は見て感じてください。

ゲイの美青年キトウンと友達のおなかの大きい女性(亭主は死んだ)が行くところもなく、
父(神父)の教会に一時宿泊することになります。
その時に、カトリックの信者たちが教会に火をつけ3人を焼き殺そうとします。
信仰者が信仰をたてにとって魔女狩り的なことをしました。
信仰さえ持っていれば、神はその人々を助けるらしいのです。
神に守られた信仰者は、弾に当たらないと言うことを信じて、弾に当たった場合、その信
仰はどうなるのでしょうね。

投稿者 mari : 11:51

2006年07月25日

映画「デスノート」前編 個人的寸評NO8

監督 金子修介
2006 日本作品
週刊少年ジャンプ(漫画・集英社)を映画化
原作 大場つぐみ 画 小畑健(全10巻)
1400万部突破の大ヒット作

<今までの映画寸評1〜8は、映画を見た後の脈絡のない個人的な好みの感想ですが、
  一つ言えることは、ストーリーや解説をそのまま書き写したりする退屈さには陥ら ない
   でいたいと考えていることです>


どこにでもついてきて空中に浮きながら話しかけてくる死神リュークは
ユーモラスで、りんごが大好物である(それ以外は食べない)
1つのことをやらせたらすごい人は昔もいましたが
ここに登場する2人の主役の青年は、現代的センスといい知能といい
ルックスといい半端じゃあありません


刑事の息子である夜神月(ヤガミ・ライト・大学生・藤原竜也)は、死神
リュークの落としたデスノートを拾います
デスノートに死んで欲しい人の名前を書き込み、どのような条件で死ぬ
かを書くと、その通りになります
犯罪者のいない理想の社会を作るために、夜神月は、テレビや新聞に
出る凶悪犯の名をデスノートに書き込み、次々にこの世から葬り去ります
これを犯罪事件と見て、操作に乗り出す夜神月の父(刑事)が、世界中
の迷宮入り事件を解決してきた謎の天才探偵L(新人・松山ケンイチ)
に捜査を頼み、2人の天才青年の壮絶で冷徹な頭脳戦が繰り広げられます

夜神月には恋人がいますが、夜神月が何をやっているのか全く知りません
恋人はただただ可愛く、一途に夜神月を恋し、成り行き上、そう言う意識も
ないまま、夜神月をかばい拳銃の弾に当たって死にます
かわいそうでしたが、なぜか同情心は湧きませんでした
暗い欲望もこの世にあると言うことが通じなさそうな女の子なので、幽霊に
なったら厄介でしょう
悪気がないだけに柔らかいお澄まし言葉で居座るお姫様かも知れません
夜神月は自分のやっていることを理解できない恋人には、心を開かないよう
です
恋人が自分の代わりに死ぬかもしれないことは、予想できていたでしょうが、
恋人が死んでも、頭脳の一部は、冷静なままです
自然な成り行きに見えて確信犯的な引っ張り方をしているようにも見えます


映画「ミッション�」の主人公の男性は自分が国家的な秘密捜査員であることを
最後には恋人に打ち明け、仲間に紹介し、いっしょに生きていこうとします
恋人同士でも仲間意識が芽生えないと、心底強い連帯感が生まれてこないのか
もしれません

天才探偵Lは、張り込み中の食事はお手軽フードやかわいいお菓子、インスタント
のストロー付き飲み物で済ませています。
色白で鉄分不足の女の子のように見えますが、論理分析は刑事顔負けで徹底し
ていて夜神月をじりじりと追い込んで行きます
しかしどう見ても風体は襲ってこない静かなゾンビです
今風の魅力でしょう

11月の後編封切りが待たれます

投稿者 mari : 11:30

2006年07月24日

映画「ココシリ」(中国最後の秘境) 個人的寸評7

監督・脚本 ルー・チューアン 2003年作品
香港 中国映画
17回東京国際映画祭審査員特別賞
金鶏奨(中国)・華表奨(中国)


中国青海省チベット高原、海抜4700メートルにある
ココシリ(地名/チベット語では青い山々 モンゴル語では美しい少女を意味する)
ここで現実にあったことを映画化しています
海抜5000メートル(富士山海抜3776メートル)
に生息するチベットカモシカを
乱獲する密漁者とマウンテンパトロール隊の
命をかけた闘いの物語です


チベットカモシカは通常オスとメスは別々に暮らしています
(たこぶねもそうでした)
交尾期は11月〜12月
密猟者による乱獲で10万頭から1万頭に減ってしまいますが
現在は5万頭に増えています

1993年無給の民間のマウンテンパトロール隊が結成され
チベットカモシカの密猟者との命がけの闘いが始まります
しかし1997年までは乱獲が行われ
繁殖期前にメスばかり500頭あまりが
銃で撃たれ皮だけを剥ぎ取られ放棄されています
マウンテンパトロール隊は
無残な死骸を集め荼毘にふします
このような事件は日常茶飯事に起こっていることです
密漁者の手下になって働いている
皮剥ぎ職人も生きていかなければならないので
政府が手を打たなければどうしょうもありません
彼らの土地は砂漠化が進み、農業が出来なくなっているのですから


このことは1997年マウンテンパトロール隊に同行し
生還することが出来た新聞記者ガイによって
マスコミに取り上げられました
その結果ココシリ国家級自然保護区管理局が設立され
1998年中国チベットカモシカ保護白書を公表
現在は公安幹部警察13人
監視員45人となりました
2005年には5千人のボランテイアが月1回保護に参加しています

「映画の始まり」
マウンテンパトロール隊の一人が
密猟者に射殺される事件が発生
これからのガツンと強烈な地獄行は映画を見てお確かめください


(以下は過酷な現実を体験していない私の極めて個人的な感想です)

〇映画の中のせりふ
 隊長のリータイのせりふ

「チベット族は肉を切る時も、ナイフは自分に向ける」
何とまあうるわしい礼儀でしょう
この特質が相手に逆手に取られ、むざむざ殺されてしまうことがあるのです
深遠なお経を唱え、仏の教えを書いて大切に掲げていても
敵はスズメバチのように容赦なく襲ってきます

中学のときに読んだ本「第3の眼」ロブサン・ランパ著(ラマ教僧侶)
に出てくる祈りの言葉オムマニパドメフン
(蓮の花の中の宝石に栄えあれ)が
マウンテンパトロール隊長のリータイの口から漏れてきた時
私もいっしょに呟いてしまいました
チベットの人々が、中国からラサをのっとられ、投獄され、拷問を受け、虐殺され
世界中にちりじりばらばらになっていることは後日何かに記述します
信心深く、自然に対して畏敬の念を抱いているチベットの人々は、無防備のまま
中国にやられてしまいました
ではどうすればよかったのでしょう
これから祖国チベットに戻れるのでしょうか
もし祖国を取り戻せたら、国境警備隊を組織し
国民皆兵にしなければならないでしょうね
兵と言う語がお嫌いなら
警察力を高めなければなりませんと言っておきましょう
(他国の者が内政干渉はいたしませんが)
銃で狙撃された時、身を守る方法はありません
素手で逃げ惑い、殺されるままになっていいわけありません

〇映画の中のせりふ  
 隊長のリータイのせりふ

「監獄に入ってもかまわん。非合法は承知の上だ。
そんなこといっていられない。
そうしなければ部下とココシリを守れない」

マウンテンパトロール隊は無給で働いています
隊長のリータイは、密猟者から没収したチベットカモシカの毛皮を
安価で業者に売ることもありますが、それは仲間の治療費なのです
誰か文句言えますか


<いまだに心にうずいていること、フイルムが再現され止まらない>

1)20歳の青年が銃で撃たれ「死にたくない」と言って冷たくなって行ったこと
2)極寒の星空の近さとそれを見る人の表情の美しさ。 生と死のぎりぎりの世界
3)死と紙一重の体験の後、恋人と一夜をあかして別れた後、流砂に飲まれるマウ
  ンテンパトロール隊のリウはまるで大蛇の口に飲まれていくようでした
  指輪をはめた指が砂をつかみ、あらがい、最後の髪が砂に引き込まれました
  眼を開けてしっかり最後まで見届けるのが見る側の勤めですが、平気でいられ
  るわけはありません
  みんなへの食料・物資調達も出来なくなりました

投稿者 mari : 18:00

2006年07月19日

最近行列が出来た映画寸評(5・6)

並びました長蛇の列に私も
めったに行列など見たことのない劇場ですが
朝から長蛇の列が出来てしまった映画が2つありました
テレビの映画宣伝のすごさには大変なものがあります
様々なおまけ付きと来ては、お祭り騒ぎです。

1作目「日本沈没」 原作 小松左京 監督 樋口真嗣


若い人に人気のある歌手(スマップの草薙剛)や今風の女優(柴咲コウ)、
年配のおばさんから若い女性にまで人気のある歌手(及川光博)が出てい
ることもあって、押すな押すなの大満員。
日本中の人が体験している地震より、もっとすごい日本列島の地割れが
全国的に一斉に起こるのを、劇場の席で危険もなく娯楽としても楽しめる
のですから老若男女でにぎわいました。
みんな正直ですね。


現代のグスコーブドリの伝記(宮澤賢治童話)を思わせる所もありました。
若い2人の男性(一人は小さい息子あり・もう一人は恋人あり)が、家族や
恋人やその家族、仲間のために、海溝のずれを寸断するため海に旧式の
潜水艦でもぐり、身体ごと犠牲になります。
本人たちもそのことを自覚していました。
人と人の間に通い合う愛が主題です。
この愛は自発的なもので誰にも利用されていません。
老若男女の気持ちを1つにしてしまう映画ってすごいですね。


2作目
「パイレーツ・オブ・カリビアン」 監督 ゴア・ヴァービンスキー


海賊ブームのウエーブがやって参りました。
幽霊船や海の怪物(舟を真っ二つにへし折るおおだこ)が登場する大スペク
タルロマン。
恋するお姫様も相手役の騎士も魔女も土人も幽霊も生の心臓もこれでもか
これでもかと登場。
いつも新しい試みに挑戦する大人が認める世界的スター、我らがお馴染みの
ジョニー・デップが一匹狼の海賊ジャック・スパロウ役で颯爽と登場。
表情、所作、立ち回りの見せ場を心得ている彼ではあります。
幽霊船の船長は顔面や首から吸盤付きのたこ足を100本もぶら下げており、
それをぶらぶらぬめぬめとうごめかせながら、命令し、次第に命令口調に狂う
ところがおぞましく圧巻。
短いシーンではありましたが、吸盤付きたこ足100本ぶら下げた船長がパイ
プオルガンを弾く場面が凄味を帯びていて何よりも魅力的でした。
だーれも近づくことができない暗い魔力が備わっていました。
逃亡のシーンも多く、そのままの走りあり、棒に縛られた走りあり、くるくる回る
輪の上に乗った逃亡劇ありで観客は大喜びでした。
大人が劇場で赤子のごとく手をたたき、喜んではしゃぎまくってもお咎めなし。
みんな愉快なもの、怖いものが好きなんですね。
みんなで楽しもうと言う気概にあふれていた熱っぽい劇場でした。
例によって、これから見る人のためにいたずらにストーリーを追うことはいたしませんが。

投稿者 mari : 16:30 | コメント (1)

2006年07月18日

映画寸評(4)〜

人が顔を洗い、歯を磨く手順を
または逆に
歯を磨き、顔を洗う手順を
そのまま解説されても
ちょっと退屈で困る
ちっとも面白くないと言う人のための
極めて個人的な興味に焦点を当てる映画寸評です
(パンフレットをそのまま書き写されてもな〜って言うことで 発奮!)


映画の題名

1)「かもめ食堂」
 2005 日本 脚本・監督荻上直子 原作群ようこ

3人の個性的な女性が、フインランドのヘルシンキのかもめ食堂
を拠点に出会う物語

1・サチエ
(小林聡美)がかもめ食堂を開店したが、お客が全く来ない。
なぜヘルシンキに食堂を開くのかよくわからない。
様々な具体的なつてはあったのかなどと心配してしまう。
かなりお金がないとこういうことは出来ない。
サチエはすっきりさわやかで少々のことにはめげなく見えるけれど
経済的にしっかりしているようには見えない。(見えないだけか?)
よほどの覚悟も感じられない。
顔色一つ変えずにいられると言うのは、よほどの金持ちかよほど
度胸の据わった苦労人か想像力に乏しい楽天家。
映画館では、怖いもの知らずの遊び半分の女性たちから無責任
な声援をおくられるだろう。


2・ミドリ(片桐はいり)
目をつぶって指で地図を差して当たったヘルシンキにそのまま来てしまう。
お人よし過ぎて危険だ。レイプされて放り出されるか身ぐるみはがされて
海に浮いていてもおかしくない。
日本に棲んでいる沢山のミドリさん架空請求に気をつけて!
夫に守られていないミドリさんも危ない!
危険な目にあってずたずたにされても夢を捨てない・人を信じ切る覚悟は
ありますか?
こっちは仕掛けなくても、相手が仕掛けてくるのですから。


3・マサコ(もたいまさこ)
航空便の荷物が届かないとかで、サチエのかもめ食堂に何度もあらわれる。
着たきりすずめでとても心配。
そのうち下着と服を買い、森に行ったりする。
日本では両親を看取り身軽ではあるが、ホテル代、日本に帰る飛行機代な
どあるのかと心配してしまう。
荷物が届かなくても誰も責めず怒り狂ったりしない性格は心もとない。


状況が進んで
まずはフインランド的な料理につられて、近所のおばさんたちがかもめ食堂
に来てくれるようになりやっと安心。
ひやひやさせてくれる映画です。
日本のソールフードのおにぎりや手際のよい家庭料理も加わりそこそこ
繁盛。
何が何でも家族を養わなければならない商売とは違って優雅。
そこはかとない3人の女性の友情には好感が持てました。
・・・・かな・・・・うーん

投稿者 mari : 10:20

2006年07月08日

映画「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」

<私にとっての映画とは>
(映画の中に入り込もう!映画の時間を生きてみよう!)

多くの人と共感・反感を同じくすることが出来る映画
物語の喜怒哀楽が自分と他の人の胸の高鳴りを聴かせてくれます
総合芸術が均衡を保ち、または均衡を崩しそれもまた新しい創造・
破壊・創造となっていきます
どんな映画でも(記録映画でさえも)観客を意識していて興業と結び
ついている必死なものであることも、魅力の一つです>


監督・出演 トミー・リー・ジョーンズ
2005公開(アメリカ・フランス制作)
2005カンヌ映画祭で
最優秀男優賞・最優秀脚本賞受賞(その外数々受賞)
2度〜3度見ても味わいは深まる一方のするめ的な映画
死体慣れしてきます

ほんとうにあるのだろうか?
心が張り裂けるほど美しい故郷
ヒメネス
めざす3人の男たち


心が張り裂けるほど美しい故郷!
このようなせりふが出てくると
もう胸が一杯になります
日ごろから抑えていたものが涙とともにあふれます
観客席にいる男性たちがシーンとして
涙をこらえているのが伝わってきます
監督ではありませんが
よくぞこの映画を見に来てくれたと思います
物語の中の女たちはあばずれていますが
民間医術を心得たメキシコの若い女(魔女的)だけは
魅力的で(意思的)で素敵でした


<3人の男性たち>

1)メルキアデス・エストラーダ(役名)
不慮の事故(誤って射殺されてしまう)で殺されたメキシコ人のカーボーイ
場所はメキシコに近いアメリカ・テキサス州
彼は親友のピートに、自分が死んだら故郷のヒメネスに埋めてくれるように
頼みます(ほんの冗談のつもりでしょうが、こんなに早く現実になるとはね)
誤射されてほんとうに死んでしまってから、作り物の感触は否めませんが、
一方方向を見つめる力のないぎょろりとした目玉、白い歯、青黒い皮膚の
死体で延々と登場し続けます
蟻にたかられ、アルコールを注がれ、親友のピートに話しかけられながら
ロバに乗せられて、故郷ヒメネスに向かいます
よく腐れて崩れませんでしたね
彼の死体は、
1回目は犯人の国境警備隊員マイク・ノートンに
2回目は国境警備隊の全員に
3回目は親友のピートに
埋葬されます
3度の埋葬です


2)メルキアデス・エストラーダの親友ピート(カーボーイ)
監督・トミー・リー・ジョーンズが演じています
親友との約束を守り抜く男の中の男

彼は、ヒメネスと言う名のついた場所は世間の地図上にはなく
他家族と写った写真はあっても、メルキアデス・エストラーダの
家族はいなかったんだとわかって、周りに嘲笑されます

メルキアデス・エストラーダは間男をしていたのかも知れません
他人の家族の妻と子供と一時的に写真に写っていたのでしょう
あまりにもかわいそうではありませんか
彼を非難するよりいっしょに泣きたいくらいです
なぜそんなことをしなければならないくらいの境遇に
いなければならなかったのでしょうか
彼はふだんは、はにかみやで働き者でした
そして誤射で殺されてしまったのです

残されたピートは親友のそう言うことが分かった反動を
癒すためなのかどうか分かりませんが、付き合っていた
夫のある女性に電話をかけ
「結婚してくれ、愛していると言ったではないか」と
詰め寄りますが、あっさりと断られます
彼女の言葉を大事に信じていたんですね
愛しているけれど夫の次、2番目だったわけです


ピートは、悲しみや様々な感情を原動力とし
メルキアデス・エストラーダの目になります
一筋の友情に焦点が合い
憧れを持って、胸が張り裂けるほど美しい故郷のヒメネスを
探し当てるのです

理屈が通じなくなってからが
見どころです
どこにあるのか分からないヒメネスをあきらめずに
体感しながらさぐりあててゆく不思議!
信じる力とは単純に素晴らしいものです
親友がヒメネスと呼んでいた場所が
目の前に現実として現れます
夢にまで見た美しいヒメネス!
友情は死なず、約束は守られました


小学校時代の巡回映画よろしく
立ち直りの出来たピートにみんな拍手です!
馬上の彼には気品と落ち着きが備わっていて
しびれましたね

3)国境警備隊員 マイク・ノートン
メルキアデス・アストラーダを誤って殺めてしまってから
苦しみと悲しみの悪夢の日々を過ごしています
カーボーイのピートに捕まり、死人を掘り返すように命令され
死体を死人の家に運び、故郷ヒメネスまで運ばされます
勿論美人妻は彼から離れてゆきます
(この美人妻は遊び感覚で、何とメルキアデス・エストラーダと出来ていました)
彼は、途中隙を見て逃げ出しますが、ガラガラ蛇に噛まれ、瀕死の状態で
ピートに助けられます
墓の前で、許しを乞います(こちらも浄化されてゆく美しい場面です)


〇砂漠地帯で1人暮らしをしている盲目の老人も登場
 町に住む息子が癌になり、1人取り残されています
 食料は息子が運んでいました
 ずーっと暮らしていた土地が1番なじめるわけで
 まるで自分の1部と化している土地であります 
 離れたくない気持ちはよく分かります
 苦渋に満ちた映画の中の盲目の老人は
 ラジオを鳴らしています
 (現実世界との接点です)
 アニメ「君をのせて」に登場した
 地の底の賢老人(岩石のざわめく言葉が分かる)を
 思い出しました
 脳が活性化されて似たような境遇の物語が次々と寄ってきます
 (映画の物語が自分が現実にかかえている問題と重なり、道筋が照らされ
  再構築されるので、意識できて最終的には落ち着きます)

 
 ほとんどの人は、岩石の言葉とかを大切だとは気付かず
 耳を傾けようともしません
 大音響のそばでも、聞こえていないのか平気にしていられます
 
 3人(死体+2人)が盲目の老人のぼろぼろの家に立ち寄った
 時に、「宗教上自殺は出来ないので、わたしを殺してくれ」と
 彼から頼まれます
 ピートは「それは出来ない(犯罪者になるので)」と断ります
 メルアデス・エストラーダを埋葬したあとの
 ピートとマイクの報告によって
 盲目の老人は、介護施設に引き取られるのでしょうか
 一生砂漠で暮らして砂に還って行くのかもしれません
 
  

投稿者 mari : 23:05

2006年07月04日

ああどうしたらいいのシリーズ<読み捨てコーナー>

1)泥つきの素材を渡されて、さあお食べなさいと言われた時

  (水で洗って、切り込みを入れて、料理してくださいよお〜
    よろしければ器か何かに盛ってもらうとなお嬉しい

2)童話の作者の講演会(はるばるイギリスやアメリカから
  いらしている)

  童話に登場するいたずら者、悪い子、魔物たちが最後
  にはとんだ目にあう。悪役が主人公に対してやった以
  上のしかえし

  日嘉「悪い子たちはどうなってしまうのです?」
  作者「それは彼のまたは彼女の問題です」
  日嘉「ええっ?死んでもいいんですか」
  作者 にっこり!またはふんむ!(状態)
  日嘉(宗教観の違いですかね)

3)田舎の葬式

  〇お坊さんの頭に蝿・蚊がとまっているのを見つけた時
  〇御棺の中にゴキブリが
 

4)とある演奏発表会・詩の朗読会


  楽器の音程が狂い続けているのに本人だけが気持ちよ
  さそうに3番まで演奏
  みんなもよかった!と言って拍手する 
  今度から演奏は1番だけにしてください


  詩の長編を1人で遠慮なく20分もアジ朗読されれた日
  にはたまらない
  どよーんとくたびれた場の空気を読んで欲しい
  全くも〜
  朝礼の校長訓示もどきには耐えられません
  リズム詩と称してリズム感のない朗読!
  これもつんのめります


   自分勝手なことですが、素晴らしい詩を書く詩人(飽くまで  
  でも個人的な好み)が、10メートル以内に近づきたくないと   
  思っているミュージックプレーヤー(飽くまでも個人的な好み)
  と共演する時
  カラスの勝手でしょ(もう古い!)
  勿論、行きません
  

投稿者 mari : 09:15

2006年07月03日

渡辺めぐみ詩集「光の果て」

題名

「オカリナ」

       蝶が行く  
       草地を
       晴れやかに 広やかに
       わたしをさがす
       蝶はもういない  
       わたしをさがす
       蝶を追いかけ
       見えない遠くに
       わたしをさがす
       光の果てに ほんの少しでも
       わたしがあることを
       それだけを 信じて
       わたしは わたしから 
       何気なく 剥がれた
       出血は小さく
       オカリナが
       聞こえた

渡辺めぐみさんは、新進気鋭の詩人である。
思索と鋭い現代感覚に満ちた詩を書かれる人で、
天使やサタンとの格闘が病院や街角で行われて
おり、闘友の一人だと勝手に決めています。
前詩集「ベイ・アン」には助けられましたが、今回
の詩集「光の果て」もすごかった。
その中の「オカリナ」の詩も,たたみみ込むようにし
て問い詰め、生理と哲学的思索が見事に結びつ
いている。
一般的にオカリナを詩題にすると、花題と同じで
気楽にめでるだけで、ああまたかと思うだけである。

同詩集の詩「半開」の
最後の2行は意思的である
(マンモスと多数の凍った血が現れる前行は涙を呑んで割愛)


詩「半開」  最後の2行

遠くまだ見ぬもののため
この底冷えの寒さの中にありたいと

       

投稿者 mari : 10:16

2006年07月02日

オカリーナコンサートinのこの島(6回目・博多湾)完了

平成18年6月25日(日)14:00〜
毎回、豪雨・雷、台風(なんと2年前は5月に来た)、地震に大歓迎されるのこの島
のオカリーナコンサート。
今年6回目のコンサートは早朝から豪雨・雷→小降りの雨に移行した天気。
あたりは緑したたるひっそりした沼のほとりを呈する舞台装置でした。
会場の真ん中には貿易船の模型があります。
衣装は緑と黒。


コンサート開始〜
観客の後部から(混沌の中から)静かにた立ち上がり
誕生!


演奏曲
1)低い方のオカリナで即興曲(その場で創作・竹林の風)を吹きながら7分
  〜8分かけて正面中ほどにたどり着く

2)地の底の国(自作曲・古事記) 大オカリナ9G(手に余るほど・音色深い)
3)黄泉比良坂(よもつひらさか・自作曲・古事記)大オカリナ9G(手に余るほど
  音色が深い)
4)桃の実(自作曲・古事記)5Cオカリナと1Cオカリナ(ピッコロ)2つを使用
5)コンドルは飛んで行く 5C
6)雪星月夜(自作曲) 3G
7)草原情歌(中国曲の「佳人」で始まり即興の合間に草原情歌。時折、童謡
  「お猿のかごや」出現。 5C
8)こきりこ変奏曲(日嘉が編曲)様々なバリエーションを楽しむ 5C

       〜中休み〜

9)長前奏→ちんちん千鳥→砂山→佐渡おけさ→ちゃんちきおけさ
  (皆さん乗ってきました!)

10)荒城の月(編曲)→うさぎ→月の砂漠→てるてるぼうず→雨降りお月さん
11)出た出た月が→月がとっても青いから
12)コンドルは飛んで行く 9G
13)グリーンスリーブズ(8つのバリエーション・10分間連続演奏
14)1Cピッコロで即興曲を歩きながら吹奏して退場。
   楽屋(地下にある)近くで吹奏終了。

   会場の拍手を遠くで聞く。

   毎回、コンサートの始まり(誕生)→起承転結・序破急→人生の終焉
   (死)を意識してやっています。

   その場にいる1人1人との対流(対話)関係で音が微妙に
   変化て来ます。
   楽譜どうりに音を再現するだけならロボットに負けてしまい
   ます。
   感情が聴こえ、意思が伝わる音こそ人間の音。
   会場の空気を読む格闘技と言ってもよいでしょう。
   観客参加形コンサートでなくてはやる意味がありません。
   イベント慣れして情感が擦り切れ、テクニックで毎回数を
   こなしている粗雑なコンサートにはしたくありませんね。
  


見た映画の記録
7月1日(土)
映画「ホワイト・プラネット」60年後にはいなくなってしまっている
                かもしれない北極の生き物たち。

7月2日(日)
映画「カサノバ」きりっとした男優ヒース・レジャーがカサノバを
         好演。子供のころ別れた母の影響大。

投稿者 mari : 21:30

2006年07月01日

2/愛着と偏見による映画寸評「MYTH」(神話)

<映画の中に入り込もう! 登場するものたちといっしょに生きてみよう!>


同映画寸評2回目 「 MYTH 」(神話) 監督・原案 スタンリー・トン
 <物語がはじめての方に>
秦の始皇帝の時代と現代が交錯した物語 
ジャッキー・チエンが2役(秦の始皇帝の部下モンイー将軍・現代に生きる考古学者ジャッキー)
古朝鮮の皇女ユシュウ役・金喜善(キム・ヒソン)
日嘉はモンイー将軍と古朝鮮の皇女ユシュウの恋に焦点を当ていますが、熟練され
た活劇も気持ちよい!


古朝鮮の皇女ユシュウは、モンイー将軍の生まれ変わりの現代の考古学者ジャッキ
ーの姿が、モンイー将軍にそっくりであっても、また彼に秦の時代の記憶が残ってい
ても「彼はモンイー将軍ではない」と言い切ります。
(私も共感します。固体の替えはきかないのです)
しかしモンイー将軍を待ち続けると言い張るこの考えでは、彼と彼女は永遠に会えま
せん。
でもそうまでしてモンイー将軍が皇女ユシュウに会いに来てくれた、その彼の愛と
意思が分かればそれだけでもよいのではありませんか?皇女ユシュウさん!
駄目だそうです。はー(複雑なため息・聞き分けのなさが可愛くて大好きです)
待ち続けるったって、モンイー将軍の肉体は2200前に荒野の土となっており、魂だ
けが考古学者のジャッキーの体を借りて彼にだけわかる胸騒ぎと勇気を起こさせて、
滝の裏の異空間をたずねあてさせ、やっと2人は会えたのですよ。
2人が会える方法は今のところこれしかない。
絶えられない悲しさの壷の中から出られない。
(げんにそうなってしまっている。どうするんですか、いったいぜんたいー困りますね。
 かわいそうでなりません)

★真の思考停止(しんのしこうてい(し)・秦の始皇帝)★になってしまいます。
(笑うところではありませんが小休止。永遠と言う語には手を焼いています)

日嘉はモンイー将軍と古朝鮮の皇女ユシュウとの恋を、あれから今日まで追跡させら
れました。
誰に?2人にです。
2人の物語を通して、何百何千の彼、彼女たちが私にどうにかならないかと言って来る
のです。
仕事に佐賀・大分・北九州と電車で行くのですが、道すがら古朝鮮の皇女ユシュウの
可愛そうな姿がチラつき、彼女がささやきかけてくるのです。
沈黙しているだけに、モンイー将軍の心の奥そこからの叫びにもすごいものがあります。
皇女ユシュウ曰く 「織姫と彦星は1年に1度会えるのですからまだましです。私たちに
            は現代の時間の中では肉体もなく、生まれ変わったとしても、別の
            人の体で時々記憶がよみがえるだけです・・・」
ここまで関わって来るともうどうしょうもない。承知いたしました皇女様。もうひとふんばり
あなた様がある程度納得できるところまで考えて見ましよう。


モンイー将軍は、部下に奪われた不老長寿の薬を取り戻しに行きますが、壮絶な戦いの
末に、首をはねられます。
死にかかっている始皇帝に、不老長寿の薬を飲ませれば、皇女ユシュウの命が奪われ
ずにすむので、彼女のために取り戻しに行ったわけでもあります。
当時、皇帝が死ねば家来もお妃も追死しなければならなかったのです。
不老長寿の薬を手にしたモンイー将軍は死ぬ寸前に、それを彼の若い部下に投げ渡し、
彼に皇女ユシュウの警護をたのみます。
秦の始皇帝は薬が間に合わず死にます。
なぜか若い部下と皇女ユシュウが不老長寿の薬を飲み、滝の裏にある別次元の異空
間でモンイー将軍を2200年間待ち続けています。

日嘉「不老長寿の薬を飲むからいけないのでしょうが。もうう皇女さまあ〜 」
皇女ユシュウ「始皇帝が死んだ時、身の回りの家来やお妃たちも追死しなければなら
         なかったのです。私はモンイー将軍に会いたい一心で不老長寿の薬を
         飲んでしまいました」
日嘉「ああそれで1度殺されたけれど、生き返ったわけですね。(この場面は出てこな
    いので私の推理です)モンイー将軍に会いたいと言う一途な行為!皇女様分か
    りますとも。 必ず帰ってくると言った彼が帰ってこなかったことが悲劇なのです。
    これがたがい違いに起こってしまったのがあの「ロミジュリ」の物語ですものね。


2人が会える方法

1)魂の領域の問題として、モンイー将軍の若い部下と皇女ユシュウのいる異空間を、
 モンイー将軍の魂がたずねる方法はないか?一時的に昔の姿が幻になって現れる
  とか。

2)上記の逆(異空間の中で皇女ユシュウが死ぬと魂はモンイー将軍と会えるようになる)
    �不老長寿の薬を飲んだ後、死ぬ方法はあるのか?今のところは見つからない
    �誰かが異空間を消滅させる(ユシュウはどうなる?)

3)不老長寿の薬を飲んだ皇女ユシュウを元に戻す薬を発見する(是非やってください!)
4)上記3)の次に、白雪姫やねむり姫にキスをした王子たちの力を魂的にモンイー将軍
  に与え、皇女ユシュウに会わせて2人とも成仏してもらう

5)監督(原案)や脚本家が別の成り行きを考える
6)そのほか


追考(心配だったこと・解決済み)
1)考古学者ジャッキーと異空間にいた皇女ユシュウが手に手をとって現代の現実の社
  会に戻る途中、皇女ユシュウの身に変化が起こるのではないかと言う懸念がありま
  した。(皇女ユシュウの不納得でこう言うことは起こりませんでした)
  現代の空気に触れたとたんにさらさらとこぼれる砂になってしまうとか、老婆になって
  しまうとかの恐ろしい想像・吸血鬼映画では定番です。


6月30日の映画鑑賞
★映画「デスノート」前編
カリスマ・コミック(漫画)1500万部突破を映画化
デスノートとは死神の持つノート、拾った天才(若手実力派藤原竜也・学生役)が
犯罪者に死の制裁を下し始める


  

投稿者 mari : 13:50