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2009年09月26日

9月26日の夢(コンサート取材)

 カメラマンと二人で、ある特殊な会場で行われるコンサートを取材に行く。待機場所で椅子に座り、たくさんの記者やカメラマンたちと共に待つ。しばらくして係員の案内で会場に移動できることになる。カメラマンは機材をかつぎ、みんなでぞろぞろと移動する。だが、途中でぼくは、待機場所の椅子に荷物を置いてきてしまったことに気づいた。戻ろうとするぼくにカメラマンは「メモ帳を取りに行くの?」と尋ねる。ぼくは「メモ帳よりカバンが大事だよ」と答える。
 待機場所で無事、メモ帳とカバンをピックアップし、会場に急ぐ。そこに誰かが電話を置き忘れたらしく、それがリンリンとうるさく鳴っている。
 コンサート会場は緑の苔を思わせる絨毯で、床も壁も敷き詰めれた石造りの建物だ。ぼくはそこに窓から身を縮めて入りかけるが、奥にちゃんとした出入り口があるのに気づき、そこから入りなおす。取材陣が皆席をとって待機している中、ぼくの連れのカメラマンはどこに行ったのだろうと探すが、見つからない。だが、こんな小さな会場だから、すぐに見つかるだろうと思うのに、どうしても見つからないのだ。

投稿者 isshiki : 21:46 | コメント (0)

9月25日の夢(村上春樹の新作)

 村上春樹の新作が出たので、早速読む。「ぼくは幸福な時代を生きていた。幸福な時代、ぼくはテレビばかり見ていた。テレビでも見なければ、幸せな気分になど誰がなれるだろうか」と書いてある。

 街角で父らしい人が、ぼくを含む四人に質問する。「常識がないと自分で思う人は手をあげなさい」。すると、四人全員が手を挙げた。だが、ぼくは右肩が痛いので、途中までしか手を挙げることができない。

投稿者 isshiki : 21:40 | コメント (0)

2009年09月18日

9月18日の夢(引っ越し)

 会社が東京から浜松に引っ越すことになり、元社長ともう一人の社員と三人で、荷物がすべて運び出された後の、がんとした室内を掃除している。元社長は部屋を二つに仕切る障子を閉めて、手前の部屋の床を箒で掃き始めた。ここにこんな間仕切りがあったとは知らなかった。手前の部屋より奥の部屋の方が少し広い。
 ぼくは奥の部屋に大事な物を少しだけ置き忘れていたことに気づき、障子を開けて向こう側へ行く。障子は一面にカビが生えて、とても汚い。向こう側は真っ暗かと思ったけれど、少し薄明るい。ぼくは残った荷物を梱包する紙を探すが、こちら側には小さな紙しかない。元社長のいる側に大きな紙があったのを思い出し、取りに戻る。
 引き返して、荷物を包むと、今度は大きすぎるほどだ。宛先は「〇〇美術宛」にするのだという。〇〇美術はきっと、引っ越し先の内装工事をしている会社なのだろう。しかし、それだけではどこかへまぎれて、ぼくの手元に届かないかもしれない。「〇〇美術内 一色宛」とすべきか、それともぼくの自宅に送り返すべきか迷う。

投稿者 isshiki : 21:34 | コメント (0)

2009年09月14日

9月14日の夢(廃墟の街)

 いつも出入りしているクライアント企業の本社のシャッターが昨日、降りたままだった。おかしいなと思いつつ、今日もう一度来てみると、その建物のあった場所が既に更地になってしまっている。

 商店で自分の靴下やハンカチを何枚か選んでいると、まだ午後の二時だというのに、お店が閉店してしまった。何もなくなった床の上に坐りこんで、お金の計算を始めた女性に「まだ買えますか?」と尋ねると、大丈夫だという。値札をよく見ないで手にした商品だが、小物だからたいした値段ではあるまいと思い、千円札を1枚差し出すと、「4600円です」と言われてしまう。そんなに高い品物だったのか。

 店からの帰り道、道路を車で走っている。両側はヨーロッパのどこかのような石造りの建物が続いているが、みんなシャッターを下ろしていて、死んだ街のようだ。

投稿者 isshiki : 15:28 | コメント (0)

2009年09月12日

9月12日の夢(大波)

 テレビか映画の画面で記録映像を見ている。海面上昇で街に大波が打ち寄せているシーンだ。てっきり右から波が来るものと身構えていると、大波は左側の民家の屋根を越えてやってきた。次々とやってくる波に呑まれながらも、人々はそれを楽しんでいるようでもある。傘をさして、波とともにジャンプし、屋根に飛び上がる人もある。画面にかぶせて、坂本九が歌う地球温暖化へのプロテストソングが流れる。白人男性が「彼が歌ってくれているが、彼の歌は無力だ」と言う。

 地面が黒く肥沃に濡れている。中でひときわ真黒に湿って、底なしの泥沼のようにも見える場所があり、そのかたわらで人々が電車を待っている。ということは、ここは駅なのだろう。ぼくは黒い泥に足をのせてみる。ずるっと滑って足をとられそうだ。

 詩人のKMさんが奥さんと散歩をしながら、「ここに引っ越してきて、よかったと思う。だって、風景がそっくりなんだもの」と言う。あれっ、彼が元住んでいたところは海辺ではなかったっけ、ここは山の中なのに? と、画面がぐーっと上からの視点になり、2人の歩く前方に大きな水面が現れる。だが、それは海ではなく、四角い溜め池だ。そのほとりから二人はぼくのいる方にゆっくりと戻ってくる。

投稿者 isshiki : 14:19 | コメント (0)

2009年09月10日

9月10日の夢(からっぽのスーパー)

 スーパーへ買い物に入ったが、カートを取りにもう一度外に出る。ぼくは紙包みを抱えていたので、万引きと見間違えられるのではないかと、ちょっと心配だ。なんだか店の男性店員が、ぼくのことを「あれは・・・」と言っている気がする。
 ともかくカートを押して、店内に入ってびっくり。天井からビニールのカーテンが四方に降りていて、改装中なのだろうか、店内はからっぽなのだ。そして一角に店員が集まり、不審そうにぼくを見つめている。ぼくは恥ずかしさを感じつつ、カートを押して、そのまま店外へ出る。

 詩集の原稿を見ている。注釈が膨大にあって、そのくせ本文はちょっとしかない。これで詩集になるのだろうか。

投稿者 isshiki : 22:16 | コメント (0)

2009年09月08日

9月7日の夢(半島の医者)

 医者に診てもらいたいと思って家を出るが、嵐にまきこまれて半島をずんずん先端の方まで、船で流されていってしまう。船で働かせてもらい、やっと着いたのはさびれた漁村。ぼくの働きに感謝して、村人たちはぼくを医者に連れていってくれる。嬉しくて並んで待っているが、年老いた医者は「今夜はもう遅いし、順番待ちの列も長くて、いつ診てあげられるかわかりませんよ」と言う。でも、なんとか診てもらえたらしい。

投稿者 isshiki : 22:04 | コメント (0)

9月1日の古い夢(スイカの種売り)

 妻とロシアを旅行している。街路で農婦たちが大きなスイカの種を売っている。ぼくらが見ていると、その種の質をめぐって、みんなが口論し始めた。まきこまれるのはいやなので、坂道を下がって、その場から後退する。

投稿者 isshiki : 21:59 | コメント (0)

2009年09月06日

9月6日の夢(2人の女性)

 2人の女性とビルのフロアに入る。一人の女性は現実の世界でよく知っている実在の女性。もう一人は実在しない女性だが、夢の中では二人ともぼくのよく知っている女性だ。
 前者の女性とぼくはすっかり打ち解けて、彼女はぼくの膝枕でとても官能的な雰囲気。でも、すぐぼくらの目の前で、静かに仕事をしているもう一人の女性に気配をさとられたくない。

 このフロアは今まで壁が全面ガラスだったのに、突然夜でもないのに、ガラスは真っ暗に変わる。まるで深海の底にいるかのようだ。

 2人の女性は夕方、ぼくを一人残して外に出て行った。前者の女性は左側の出口から、もう一人は右の出口から地上に出ていくはずだ。ぼくはまず左側の窓を覗く。しかし、女性は出てこない。それならと、右側の窓を覗く。こちらも出てこない。もう一度左側の窓を覗く。やはり女性は現れず、閉館のためだろうか、建物の出口に戸がたてられ、覗くこともできなくなってしまった。

投稿者 isshiki : 18:39 | コメント (0)

2009年09月05日

9月5日の夢(大部屋トイレ)

 トイレで大便をしている。個室ではなく、大部屋で、しかも男女いっしょ。周りはほとんど若い女性たちで、皆自分の汚物にまみれた便器に腰かけている。ぼくがちょっと油断している間に、ぼくの便器を半分別の女性に占拠されてしまった。これではぼくは用を最後まで足しきることができない。

 帰宅のため、浦和あたりの駅のホームの階段を昇る。気がつくと、ぼくはパンツしかはいていない。これではまずい。ホームのベンチで、確かズボンが入っていたはずと、鞄の中をかきまわすが、見つからない。

投稿者 isshiki : 15:15 | コメント (0)