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2008年08月31日

8月31日の夢(海に行けない)

 明日からいよいよ夏休みだ。今日は休暇前の最後の一日。しかし、休暇初日の明日だけはアーティストリレーション担当クライアントのHさんに頼まれた管楽器奏者の取材をしなくてはならない。ずっと会っていない女友達と、夏休みになったら海に行く約束をしていたけれど、明日は海には行けないなと思う。
 そこへ携帯が鳴った。別の男性クライアントからだ。「明日から四日間仕事がある。しかも、とってもきついスケジュールだよー」と言う。その仕事の説明を聞いていると、電話が切れてしまった。そこへ、海に行く約束の女友達からメールが入った。画面に水墨画のようなタッチで、大きな魚の絵が躍っている。そして、やはり手書きタッチの文字で、「先に行くからねー。お魚いっぱい食べさせてねー」と書いてある。ぼくが海に行くのが遅くなることを、言わなくてはならないなと思う。そこに、何人ものクライアントが到着して、ぼくにてきばきと仕事の指図を始める。

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2008年08月28日

8月28日の夢(床しかない電車)

 年をとって、とうとう足が悪くなってしまった。駅の階段をやっとの思いで、昇っていく。特に左足がしびれたように、感覚がない。
 ホームの先端の方で待っていると、ぼくの待つ電車と逆方向の電車が、ホームのずっと中ほどにしか停車しないのが見える。ぼくの待っている側の電車はさらに中ほどにしか停車しないはずだ。慌ててホームの反対側に向けて走る。ところが、勢い余って行き過ぎてしまい、今度は反対側の先端から駅の外に出てしまう。いつのまにか道路をガード下まで来てしまった。そこへちょうど乗るべき電車がホームに着いたのが見えたので、慌ててホームに戻り、電車に駆け込む。
 電車は細長いカヌーのような形をしていて、壁も天井もない。一番先頭に乗ったので、流線型をした全く平面で手すりもない床に座ると、両端から足が外に出てしまう。そこに必死にしがみついているが、左足の感覚がないので踏ん張れず、振り落とされそうでとても怖い。ぼくのすぐ後ろには若いカップルがいて、「俺の乗りたいところに乗られてしまったので、おまえ場所を交替して」と女の子に頼んでいる。ぼくが乗らなければ、先頭に座るつもりだったのだろう。
 突然、駅ではないところで、電車が急停車した。そこは沿線にある、乳製品を作る大きな工場だ。今日はここで特別のイベントがあり、電車が特別停車して、乳製品作りを実地に体験させてくれるらしい。敷地内でイベントに参加している子どもたちが一斉に声を合わせて歌をうたう。なんだかラジオのジングルのような歌だ。
 その間に、頭に帽子をかぶり、制服に身を固めた女子工員が電車に近づいてきて、プラスチックのコップにヨーグルトみたいなものを乗客に渡し、製品づくりを体験するように勧める。ぼくの前で最初に受け取った男は、工員の説明をよく聞かずに、大きなスプーン(杓子のような感じ)でヨーグルトをすくいあげ、そのままばしゃっとコップに入れる。そうじゃなくて、ストローの中に入れてから、コップの中に入れなくちゃいけないのだ。自分の番になり、ぼくは注意深くストローの中にヨーグルトを注ぎ込もうとするが、ストローの口はあまりに細くて、殆どがやっぱり外へこぼれてしまった。そのセットを後ろにいたカップルの男に渡すと、男はうれしそうにそれを受け取る。

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2008年08月27日

8月27日の夢(喫茶店での探索)

 ニフティ及びミクシィのメールは当分の間、見られません。やれやれ。

(8月27日の夢)
 まだ戦後の時代、ぼくは何者かによって、当時の松坂屋デパートの裏にあった大きな喫茶店に呼び出された。そこは有名な人気のある高級店で、混雑しているため、なかなか入店が許されない。入口で多くの裕福そうな身なりの男女が「きっと中に知っている人がいるはずだから」と、店長に入店許可を迫っているが、店長は頑として入店を認めないでいる。そんな騒ぎを後目に、ぼくはさっさと店内に入り、歩いていく。店は中二階の下に一階のフロアが広がり、外には戦後の東京の街並みが見える。
 突然、店内放送が流れる。「お呼び出しを申し上げます。一色真理さん、二階にお越し下さい」。指定されたところへ行くと、まだ若き日のMカメラマンが(どうやら、ぼくらはタイムマシンで過去に戻っているようだ)「1番から61番まで歩いていってください」と伝言を伝えてくれた。了解して、裏のドアを開けて外に出る。だが、Mは「そっちじゃない」と、ぼくを呼び戻す。
 ぼくは再び店内に戻り、二階の通路を別の男といっしょに歩く。最初に目に入ったのは、ごつごつした石碑のようなもの。そこにぼくにはよく読めない書体で、2行の詩が彫り込まれている。そのかたわらに、その2行を読みやすい書体で印刷したカードもある。きっと、これがぼくの今日の探索のヒントとなる文字なのだろう。

投稿者 isshiki : 14:48 | コメント (0) | トラックバック

2008年08月25日

8月25日の夢(脚のないピアノ)

 沖縄で古いヤマハピアノを使った映画の撮影をすることになった。撮影には時間がかかりそうだと思う。だが、出演者たちが演技を始めると、みんな驚くほど達者だ。これなら、スムーズに撮影が進みそうだ。
 しかし、ヤマハだと言われたピアノにどうも違和感がある。よく見ると、違和感の原因が分かった。グランドピアノなのに脚がなく、畳の上で座って弾くピアノだったのだ。こんな変なピアノが本当にヤマハだろうか? 鍵盤蓋を開けてみる。ヤマハのマークはどこにもない。そのかわり、ピアノに添えられた取扱説明書の中に、関係企業の一つとして「日本楽器」の名称が記されている。
 撮影のための最初の打ち合わせが終わり、いったん解散になる。早く次の打ち合わせを始めたいが、部屋の中に残っているのは詩人のO氏だけだ。ピアノの前にいくつか置かれた座布団の上に、ぼくは分厚い資料のファイルをどさりと投げる。反対側に座っていたO氏の巨体が「うっ!」というように一瞬ぴくりと動くが、言葉は発しない。もうすぐ夜の8時だ。次の打ち合わせは8時からだったのかもしれない、と思う。

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2008年08月21日

8月21日の夢(カエル人形の撮影)

 大きなビルの一階玄関口にいる。ここがぼくの会社らしい。フロアの真ん中に四角い大きなスペースが、その周囲が「ロ」の字型の通路になっている。ぼくは中央スペースの前に小さなカエルの人形をいくつか置いて、カメラで撮影している。ファインダーを覗くと、カメラの真ん前に西日があり、眩しくて撮影できない。そうこうしているうち、カメラの前を社員たちが歩いて横切り始め、それが邪魔になってまた撮影できない。しかたなく、ファインダーから顔を上げると、ぼくはカエルの人形を置いた場所とはいつのまにか90度移動していて、全然別の場所を撮ろうとしていたのだった。雨が降っているようで、社員たちは傘を持って往き来している。

投稿者 isshiki : 21:14 | コメント (0) | トラックバック

2008年08月17日

8月17日の夢(社史を作る)

 会社の昔のことをよく知っている古老に頼んで、話を聞き、社史を作ることになる。会社の敷地内に住んでいる犬などの動物にも頼んで、話をしてもらうことにした。

投稿者 isshiki : 21:42 | コメント (0) | トラックバック

2008年08月16日

8月15日・富良野で見た夢(段差のあるホーム)

 町田で某社のパーティに出る。ぼくが挨拶したおじさんの退職記念パーティらしい。カメラマンのI氏も出席していて、ぼくににこにこ顔で「今日はいいんですよね」と言う。仕事ではないから、撮影しなくていいということの確認だろう。だが、いつのまにか彼は撮影を始めている。カメラマンの業だろうか。
 パーティが終わり、小田急線の町田駅に行き、ホームに出る。新宿駅に乗るつもりだったが、町田駅のホームには段差があって、新宿駅は隣の一段上のホームから出発していく。それが見えるのだが、このホームからは直接行けないため、乗り遅れてしまった。
 新宿行きホームへ向かう途中、またちょっと違う高さのホームで、駅員たちがパーティをしていたのに、まぎれこむ。ぼくが挨拶した例のおじさんの話題が出る。ぼくが今、そのおじさんのパーティに出ていたことを話すと、その人は使い込みで逮捕されたのだということが分かる。

投稿者 isshiki : 22:14 | コメント (0) | トラックバック

2008年08月11日

8月11日の夢(お屋敷に住む)

 夢がかなって、成城の大きなお屋敷に引っ越した。おまけに元気な妹を一人、養女でもらった。ぼくと妻と妹と三人で、華麗な朝食の卓を囲む。おいしいので、いつも1枚にしている食パンをもう1枚食べそうになる。いかん、いかん。これではダイエットできない。
 この屋敷には、奥にもう一家族が住んでいる。夫婦とつんとすました娘の三人家族だ。出てきたので、挨拶しようとする。三人は妻にはちゃんと挨拶して、おしゃべりするのに、ぼくには視線も送らない。全く無視され、しらけているうちに、また奥に引っ込んでしまった。
 お屋敷の隣は空き地だが、そこには仮設の屋根があり、地面の上に純白の立派な丸い西洋風の食卓がでんと据えられている。テーブルにはいくつも凹みがあり、そこに陶磁器の皿やカップを置くと、ぴったり収まる仕組みだ。しかし、灰皿を置こうとしても、それの収まる凹みはない。ここなら雨に濡れないから、友達を呼んで野外でお茶をするのもいいなと思う。

投稿者 isshiki : 22:01 | コメント (0) | トラックバック

2008年08月10日

8月10日の夢(中国製万年筆)

 妻と車で息子の家を訪ねる。息子が今夜、劇に出るので、それを見に来たのだ。ふと気づくと、もう夜の9時過ぎだ。ぼくは妻に「こんなに遅くから始まるの?」と尋ねる。忘れていたのだ。慌てて会場に駆けつけると、とっくに息子は一人で劇への出演を終えていた。「あいつもおとなになったね」と妻と言い合う。

 ロシアからピアニスト兼歌手が公演にやってきた。ここは会社なのだが、学校のようでもある。公演は大ホールでやるのかと思ったら、1時間目にぼくの席のある教室で行われることになった。彼女のトークに感激して、ぼくは万年筆を買う。使っているとインクがなくなったので、補充しようと解体する。補充して再び組み立てようとするが、壊れてしまってもう使えない。中国製万年筆だったのだ。失敗したなと思う。
 そういえばこの時間、ぼくは受けていたピアノレッスンの発表会に出なければならなかったのを忘れていた。全く練習していない。ソロではなく、みんなで一緒に合奏するのだから、失敗してもそれほど目立たないとはいえ、やっぱりさぼることにする。

投稿者 isshiki : 19:17 | コメント (0) | トラックバック

2008年08月06日

8月6日の夢(ジョーという名前の機関車と寝巻き)

 明らかに8月3日に見た夢の続き。Iと東京に向けて、一両編成のローカル線の電車から新幹線まで、さまざまな列車に乗り換える。気がつくと、もう乗っているのはぼくたち二人だけだ。途中の駅で、ホームに駅の略図が掲示されているので、それをスケッチする。でも、そんなことをして、何の役に立つと言うのか? 乗り換えるたびに、ぼくは浴衣の寝巻きに着替える。その寝巻きと機関車は名前が同じだ。ジョーという名前なのだ。

投稿者 isshiki : 21:13 | コメント (0) | トラックバック

8月5日の夢(ケーキのセルフサービス)

 ケーキをセルフサービスで食べられるお店に入る。お腹が減っているので、早くトレーにケーキを取りたいが、そのトレーがどこにあるのか、分からない。探し回ったあげく、ほかの客のものよりかなり小ぶりの皿を見つける。急いで、欲しかった2種類のケーキのところへ行くと、あんなに山盛りされていたのに、どちらも1個も残っていない。とてもがっかりする。でも、とにかく手当たり次第に、目についたケーキを皿に盛りつける。みんな大きなケーキで皿からはみだすほどのでかさだ。それを早く食べたいと思うが、そばに一人のおばさんがいて、邪魔だ。思わず、「ばばあ、どけ!」と大声で怒鳴りつける。

投稿者 isshiki : 21:10 | コメント (0) | トラックバック

2008年08月04日

8月4日の夢(横浜へ走る)

 会社をぼくはしばらく休んでいて、久しぶりに出社した。女性詩人のH、男性詩人のTと共に、横浜へ出かけようとしていると、携帯が鳴った。出ると、最近知り合ったフィリッピーナの女性だ。用もないのに長話になる。この女性はきっと良からぬ商売をしていて、あわよくばぼくを誘おうとしているのだろうと思う。「じゃあね」と言って、話を終えるが、「切」のボタンを押し忘れていると、まだ相手も切っておらず、また話が続いてしまう。どうも、できれば切りたくないと思っているらしい。試しに、また「じゃあね」と言ってから、切らずにおくと、彼女はやっぱり自分からは切ろうとしない。
 そんなことをしているうちに、横浜に早く出かけないと遅刻してしまうことに気づく。一足先にTに出かけさせる。ぼくは出かけることを上司に報告しようと、自分のオフィスに行く。オフィスは学校の教室になっていて、担任である数学の教師が授業の真っ最中だ。ぼくは前方窓際の行動予定表のところに行き、自分の行き先を書き込む。担任が「どこへ行くのか」と尋ねるので、「横浜へ」と答える。また「何があるのか」と言うので、「数学の催しがあって」と答えるが、担任が数学の専門家なので、これでは嘘がばれるなと思う。慌てて「数学的なものとピアノとのコラボレーションの催しがあるのですよ」とテキトーに言い直す。「そうか。それなら、行かなければしょうがないな」と納得してくれた。
 あと30分しかない。さあ、急ごう。Hがぼくの前を走っていく。Tの姿は全く見えない。
 いつのまにか、ぼくは子ども時代の名古屋の実家付近を走っている。道路の右側に沿って、細長く畑ができていて、そこに最近何かの種をまいたばかりらしい。子どもたちが盛んに畑仕事をしている。この上を走って、種をほじくり出してしまってはまずいな、と不安になる。ふと見ると、すぐ前を長ネギの束を持った女性が走っていく。あれはHだろうか。ぼくは女性の顔がみんな同じに見えてしまうたちなので、本当にHかどうか自信がない。勇気を出して話しかけてみると、やはりHだった。「Tは?」と尋ねると、「あの人はいつも速いのよ」と答える。それにしても、ここはぼくの自宅の近くだから、こんなところを二人で走っているところを家族に見つかってはまずい。そのことをHに注意しようと思うが、言い出せずにいるうち、突然世界が変わった。ぼくはいきなり全く見たこともない場所に放り出されていて、面食らう。見回してみても、Hも見失ってしまった。ぼくはひとりぼっちで、西も東も分からない。

投稿者 isshiki : 15:54 | コメント (0) | トラックバック

2008年08月03日

8月3日の夢(うどんの自販機)

 浜松に出張した。バスに乗っていると、目の前でスキー客の若いカップルの乗った車が、空中に跳ね上がった。そのまま空中を飛行し、旋回して降りてくる。ぼくは車が地上に激突するのではないかと、ぞっとするが、車は無事に地面に着地する。さぞかし乗っていたカップルは怖かったと思うのに、二人は平気な顔をして車から降りてきた。ぼくは他の人たちとどこかへ行こうとしていたが、歩みをとめてみんなに「戻って、二人の話を聞こう」と言う。
 結局、浜松での仕事はキャンセルになり、新幹線で帰途につく。新幹線が町田の駅に着くと、女性詩人のIはここで乗り換えて、山梨に帰ると言う。ぼくもこのまま家に直帰したいが、まだ午後1時だ。会社に帰らなくてはいけないと思う。Iもそのまま東京まで行くことになるが、新幹線がなかなか発車しないのを見て、お腹が減っていたらしく、ホームに飛び降り、うどんの自動販売機に突進する。ボタンを押すと、どんぶりに入ったうどんが出てきた。それを持って発車ベルの鳴り出した列車に駆け込もうとするが、うどん屋ののれんが外れて、彼女の邪魔をする。必死に振り払うが、また邪魔をする。それでも、ようやくのれんを振りほどいて、無事、うどんを持って列車に戻ることができた。その間、ぼくは渾身の力で、閉まろうとするドアを押しとどめていた。

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8月2日の夢(バス停)

 駅前のバス停のベンチに遊覧バスに乗ろうと、家族連れが座っている。両親のほか子どもが何人もいる大家族だ。そこへ中年のおばさんがやってきて、「あたしは経験者だからね」と言い、座っていないで、ちゃんとバス停の前に立って並ぶように、アドバイスする。家族連れは一度はおばさんの言うことを聞き、立ってバス停の前に並ぶが、また間を詰めただけで、ベンチに座ってしまう。
 ちょっと変わった形の遊覧バスがやってきた。家族は当然バスがドアを開けてくれるものと思い込んで、悠然と座っている。しかし、ほかの車が間に入ってしまったため、少し離れたところに停車したバスの運転手は、誰も立たないのを見て、乗る意志がないと判断し、そのまま発車してしまう。慌てて家族連れは走ってバスの後を追いかけ、後部の窓を叩いてわめき立てる。運転手はようやく気づいて、「なんだ、乗るのか」という態度で、ドアを開ける。経験者のおばさんの意見をちゃんと聞けばよかったのだ。

投稿者 isshiki : 20:44 | コメント (0) | トラックバック

2008年08月01日

8月1日の夢(少年愛と火山)

 ぼくは取材の仕事で、頭を丸刈りにした男の子に会っている。戦後によくいた男子小学生のような感じだが、年齢はよく分からない。尋ねても、けっして答えようとしないのだ。子どもだと思うが、もしかしたら既に青年に近い年齢なのかもしれない。というのは、彼は同性愛者なので、そのために少年ふうの格好をしているのかもしれないからだ。彼を見ているうちに、ぼくも同性愛の相手として、彼に欲望を感じ始めた。ぼくは彼をものかげに連れ込む。
 次の朝、彼の家の玄関から、その兄弟たちが大勢出てきて、一列に並ぶ。ぼくと少年もものかげから出てきて、彼らに加わる。ぼくはこれで帰るので、お別れの挨拶のためだ。ぼくがここまで乗ってきた車を指さして、兄弟達は「S社(ぼくの勤めている会社)さんから、さわらんようにと言われたから」と、方言まじりで言う。
 そのとたん、道路の向こうから激しい爆発音がして、たくさんの小さな噴火口が地面にでき、噴煙を吹き上げながら、まっすぐぼくらの方に噴火が迫って来る。一瞬逃げようかと思うが、まだ少し距離があるので、踏みとどまって眺める。すると、噴火は途中で止まり、これ以上こちらに新しい火口ができる様子はない。火口の周りにもぞもぞ動くものが見える。どうやら鹿の群だ。火山は鹿たちといっしょに向こうへ戻っていく。
 雨が降ってきた。そこへ宮崎県のお国自慢のプラカードを掲げながら、宮崎のPRソングを賑やかに歌いつつ、大人と子どもの群れがやってきた。ここまではぼくの見ていた映画で、これは映画のラストシーンなのだ。
 スクリーンの前のステージにマイクを持った一人の青年が立ち、「さあ、これからぼくの話を聞いてください」と、会場の子どもたちに話しかける。ぼくはもう出かけなければならないが、お腹がぺこぺこだ。大好きなうどんと卵焼きを食べ始めるが、もっと食べたいのに鍋が見当たらない。かたわらでうどんをつるつると啜っている妻に「鍋はどこ?」と声をかける。妻はうどんを啜りながら、あちこち見回すが、鍋は見当たらず、ぼくに「もっと早く聞いてくれればよかったのに」と文句を言う。

投稿者 isshiki : 16:24 | コメント (0) | トラックバック