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2007年09月29日

9月29日の夢(空港など)

 仕事をいろいろ済ませなければならなかったので、ドイツ行きの空港に着いたときはかなり遅れてしまっていた。もう既に「13番」というぼくの受付番号は一度呼ばれてしまったのだが、受付の人はぼくたち夫婦を待っていてくれたらしい。だが、妻の番号が呼ばれた気配がないのはどうしてだろう? 搭乗手続きには保険証が必要だ。カウンターにはアジア系だが、日本人ではない女性の代書屋が座っていて、妻が声をかけると、すぐにぼくの申請カードを作ってくれた。だが、彼女はぼくの書類を最後に仕事場を畳んで、どこかへ行ってしまった。それに、ポケットをいくら探しても妻の保険証が出てこない。「やっぱりぼくは持っていないよ」と言うと、妻は「じゃあ、取ってくる」と言い残して、姿を消した。そのままいつまで経っても帰ってこない。家まで取りに戻ったのだろうか。

 もうこんな会社で仕事をしたくないと思い、ふてくされてぼくは椅子に座っている。部屋に何列も並べられた椅子の最前列の左から二番目の椅子だ。すると、ぼくの目の前の左の壁際に机が持ち出され、頭のはげかかった男が現れて、いきなり講演を始めたので、ぼくは一応態度を改めて、おとなしく講演を聴くことにした。
 その男のアシスタントらしいバニーガールのような若い女性達が、いつのまにか目の前にできたステージの上に出てきて、書類の分厚い束のようなものを、どさりとぼくの前に落とした。ぼくはまた反抗心がわき起こり、椅子を前に動かし、足でその束をポンと蹴る。椅子にはどうやらキャスターがついているらしく、その反動で後ろに戻る。また、椅子を前に出して、束を蹴ると、反動で戻る。繰り返しているうちに、どんどん心が高揚して面白くなる。そのうち、山のようにオフィスに積まれていた書類が、どさどさと崩れてきた。すると、ぼくの隣の一番左端に座っていた若い男が前に出て、書類の山を積み直したりするが、ぼくは書類の束を蹴る動作を繰り返し続ける。

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2007年09月27日

9月27日の夢(王女の結婚と闘犬)

 王女様が結婚することになり、そのお祝いに続々と人々が集まっている。ぼくもそのお祝いを見物に出かけたが、なぜか電話ボックスの中でうたた寝をしてしまった。ふと目を覚ますと、ちょうど「20人までが王宮に直接お祝いに行ける」と放送されているところだった。てっきり長い行列ができていると思ったのに、行列はなく、ぼくが出ていくと、「ちょうどあなたで20人目です」と言われた。
 地下鉄のホームで、王宮へ行く電車を待つ間に身体検査をされる。19人目までは何も問題なかったが、ぼくは携帯などをポケットにいろいろ持っていたため、怪しまれて荷物を全部没収されてしまった。呆然としているうちに、電車が来た。没収された荷物は多分この駅にあるのだから、乗らない方がいいのではないかと迷いながらも、電車に乗ってしまう。荷物の中には急ぎの大切な仕事の材料が入っていたのに、これで全部駄目になるなと思う。そこへ知人がほかの人々と一緒に乗り込んできた。結局、21人目以降の人たちもお祝いに行っていいことになったのだという。ぼくは彼に、荷物がどこに行ったのか分からなくなった窮状を訴える。
 そこへデパートの大きな買い物袋をいっぱいぶらさげた女性が、乗車ドアでなく降車ドアから乗り込んだのに、運転手が腹を立てて文句を言う。だが、女性客は無視する。ぼくは発車に備えて、運転席の近くのつり革につかまる。窓ガラスに汚れがあると思って見ていると、それは天井から吊り下がった何かの虫なのだった。電車が走っていく前方に、犬が三匹現れ、三匹は一斉に後足で立ち上がって見せる。車内の人々はみんな「かわいい!」と叫ぶ。
 次の瞬間、犬たちは向かい合って、互いに相手の顔を噛み合う。これは闘犬なのだ。一匹のやさしい顔をした犬の顔には、相手の犬の牙のあとの深い穴が三つもあき、その穴の底には血がにじんでいるのが見える。この犬は負けたのだ。

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2007年09月26日

9月25日の夢(職場)

 これは昨日の夢です。

(夢ここから)
 「詩の大学」で2時間講義をした。
 会社で、ぼくの仕事場が2階に変わった。だが、デスクの方はあいかわらず1階にあり、そのデスクにぼくは座っている。背後にはスチールの大きな棚がある。そこに何かのチケットの束を両手で抱えて置く。デスクの上にはデジカメがある。ぼくはまだデジカメを使ったことがないが、これならぼくにも使えるかもしれないと思う。手帖に今日やったことをメモする。ページの左端には時刻が印刷されているので、左右に線を何本か引いて、この間の時間は何をしたと書き込みたいのだが、その線が思ったように引けず、時間がずれてしまい、うまく書き込めない。今日はもう仕事がないので、帰ろうかと思うが、やはりこのまま終業までいた方がよいと思い直す。

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2007年09月24日

9月24日の夢(思い出の大河を下る)

 会社で、そこに勤めていたいろいろな人の思い出話をもとに、ある老舗の年代記の本を作っている。ところが、年老いたT氏の証言をもとに書いた部分が、校正の途中で他の人たちから誤りだと指摘された。どうも同氏の記憶自体が間違っているらしい。急いで書き改めなくてはと焦るが、会社にはいろんな人たちがやってきて、周りでがやがやするので、集中できず、どうしてもうまく書き直すことができない。

 目が覚めると、ぼくはどこか地方の原野に、布団を敷いて寝ていた。細かい雨が時折落ちてきて、少し寒い。曇り空を黒いものがいくつも旋回している。あれは鳥だろうか。

 死んだはずの母がまだ生きていて、でも高齢でよぼよぼしている。ぼくに「円盤(UFOのこと)におまえはどこで遭うか?」と尋ねる。ぼくは驚いて、「おとなになってからは遭ったことがない」と答える。母は「わたしは最近見るようになった」と言う。ぼくは母のお迎えが近づいているのかもしれない、と思う。

 パーティーか何かの会場で、トレイに入った食事の残りを、出口で二人の男が管理しているゴミ箱に半分捨てるが、半分はそのまま持って、外に出る。二人もちょっと不審そうな表情だったが、ぼく自身、なぜそうしたのか分からない。とにかく、残飯をどこかに捨てなければいけないが、そこは明るく賑やかな原宿の裏町で、たくさんの若者たちがいて、こっそりどこかに捨てるのは難しく、ずっと持って歩く。

 そのうち、道の左側に木製のベンチがずっとつながっているようになる。これはこの場所が湿原につながっているからで、このベンチの上を木道がわりに歩くのだ。そういえば、右手には高速道路のようなものが二段になって続いている。その上を流れているのは車ではなく、濁流だ。その濁流が波を打って流れる勢いで、高架そのものが波を打っている。周りの人たちはみんな怖がって、キャーキャーと叫ぶ。

 いつのまにかぼくたちはその濁流の流れの上に乗って、ジェットコースターのように進んでいる。この流れは思い出の流れなのだ。それもぼくらの家族の幸せな思い出だけが、流れているのだ。今はぼくがまだ子供だった頃のお正月あたりだ。隣にいた母が「この頃はおまえは漫画を描いていたんじゃなかったかい?」と言う。そうだ。幸せな思い出に乗り続けるためには、その思い出を演じ続けなければいけないのだ。ぼくは慌てて紙を取り出すが、筆記具がない。母がボールペンを貸してくれた。ぼくは必死で、適当な紙の上に漫画を描くまねをする。濁流にどんどん流されていきながら。(夢ここまで)

 以上は、今朝見ていた長い夢の断片的に覚えていた部分です。夢日記は30年ほど書き続けているのですが、数年に一回、ちょっと創作を入れればそのまま詩にしてもいいなと思う夢を見ます。上記もそんな感じでしたが、現時点では一切の創作は入れていません。見たままの夢の記述です。

投稿者 isshiki : 12:18 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月21日

9月22日の夢(みみずの部屋)

 妻と東京近くの海岸へ観光ツアーに出かける。着いたら、なんと雪景色だ。道路に積もった雪をおじさんたちがせっせと除去している。その作業を見ているうち、バスで旅館に移動することになる。
 バスから降りたところは、石膏のように白い粗壁でできた四角い洞窟のような部屋。おまけに赤いイトミミズのような虫が床一面に散らばっている。殆どはイトミミズだが、ほかにさまざまな虫がいて、中には黒い大型のカブトムシもいる。裸足のぼくは足をおろすのもいやだ。
 おまけにどこではぐれてしまったのか、妻がいない。呼び出そうと携帯を開くと、ガイドが「ここは圏外だ」と言う。なるほど。待ち受け画面には、見慣れぬ観光情報のような文字が流れるばかりだ。
 突然、ぼくらは自分が乗るべきではない、別のバスに乗ってきてしまったことに気づく。似たバスだったので、間違えてしまったのだ。元いた海岸にもう一度戻ることになる。やれやれ、これでこんな虫だらけの場所ともおさらばだ。妻とも再会できるだろう。

投稿者 isshiki : 20:57 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月20日

9月20日の夢(子犬殺害)

 大きな川の堤を歩いていると、岸辺の土の中からちょうど蝉が羽化しかけたところだった。ぼくは自分の強さを誇示したくて、そのか弱い蝉をぶんなぐる。穴から出てきた蝉はいつのまにか子犬に変わっていて、ぼくに殴られたために鼻から粘液を出している。今にも死にそうな重傷であるにもかかわらず、無垢な子犬はぼくに向かって、「ぼくは四番目に生まれたから幸せだった」と日本語で話しかける。ぼくは子犬にそんな知性があることに驚くと共に、そんな知性あるものを殺そうとしたことに恐怖にかられ、右手で子犬を払いのける。子犬は土手を転げ落ちて、視界から消えた。ぼくは茫然として立ちすくむ。

投稿者 isshiki : 11:55 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月19日

9月19日の夢(虫と蛇)

 妻が海外旅行に行っておみやげを買ってきた。それは腕輪だというが、一抱えもある大きさで、しかも不定形でゴツゴツしている。表面には穴がいっぱいあいていて、中に現地の虫が沢山入っているという。
 そこはお風呂場で、そのおみやげから蟻やヤドカリやいろんな虫たちが大量に這い出してきて、天井でひとかたまりになっている。「小さな蛇もまじっているね」と、ぼくが言っているそばから、蛇はかたまりになってぼくの右肩をかすめて落下し、ぼくは「きゃっ」と悲鳴を上げる。

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2007年09月16日

9月16日の夢(我が家で総会)

 我が家で某詩人会の総会を開催することになった。我が家は田舎のくたびれた一軒家で、ぼくと年老いた母との二人暮らしだ。
 最初、数人の詩人の会合だったのが、いきなり詩人会の総会に切り替えられる。家の奥で、老母が掃除機をかけている音が聞こえる。座敷の途中に田舎家らしくトイレがあって、そこが開けっ放しになっている。あまりにみっともないので、扉を閉める。
 集落の中の別の家に行っている役員たちに、我が家の三つある座敷の間の障子や襖を取り外すべきかどうか尋ねる。それにしても総会は百数十人の会員が参加する予定だ。とても三つの座敷だけに入りきれるわけがないと思う。

 夜、丘へ登る。丘の上にはたくさんの家が建っていたはずなのに、いつのまにかみんな取り壊されて更地になっている。月の光に照らされて、頂上から360度見晴らせるパノラマの眺望は素晴らしい。ただ、頂上には柵がないので、崖からずるずると滑り落ちてしまいそうで、おっかなびっくり下を覗く。頂上は黒土の広場になっていて、結構広い。ここで詩人会の総会をやったらいいんじゃないかと思う。

投稿者 isshiki : 20:43 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月15日

二日分の夢(アンパンマン電車ほか)

(9月14日の夢)
 映画のチケットを貰ったので、見に行った。指定席だが、漠然と座るエリアを指定してあるだけだ。ぼくの座るエリアは「うらのおもて」だという。壁に貼られた座席表を見ると、青く塗られた部分で、上向きの矢印の先がぐるりと円を描いて下向きになっている。その矢印の通りに進んでいく。スクリーンの裏側がそうなのかと思ったが、ここは地下室なので、スクリーンの裏に空間はなく、すぐに壁だった。スクリーンを掲げる準備をしている男性の前でぐるりと矢印の通りに曲がる。そこには水平の棒が渡されていて、女性が一人座っている。本来、ここは通ってはいけないのだと思うが、構わず棒をまたいで乗り越え、客席に戻る。そこに「うらのおもて」というエリアがあるのではないかと思ったが、やはりぼくの席は見つからない。

(9月15日の夢)
 新しく建て替えられたデパートがある。そのデパートは1時間ごとに時報を鳴らす。ブラスのオーケストラの音に合わせて、デパートのビル全体がディズニーの漫画映画みたいに四方八方に伸び縮みするのがとても楽しい。みんな集まって、それを眺めている。

 映画の撮影をしている。女の子がデジタルビデオで、モノレールのように高架を走る電車を撮影するシーンだ。映画カメラは3台あって、それぞれ違う角度から彼女を狙っている。電車は駅からちょつとだけ頭を外に突きだして止まるが、その頭の部分はアンパンマンの顔のようになっていて、まるでアンパンマンが顔を突きだしているようで、とても面白い。
 撮影が終わり、スタッフはみんなその電車に乗って帰る。ぼくはみんなの一番端に座っていて、隣にはピアニストのコブリンがいる。彼が降りる駅で、大荷物を両手に抱えた彼が降りきらないうちに車掌がドアを閉めてしまった。コブリンは「ちぇっ、おかげで1駅先まで乗れて得をしたよ」とジョークを飛ばして、毒づく。彼は荷物を持ったまま、床に座り込んでしまった。ぼくは彼の席があいたので、その分みんなの方に近づくが、リーダー役らしい男は「詰めちゃっていいのかなあ」と言う。不意にもう一度ドアが開くが、コブリンはなぜか降りようとしない。

 クライアントの女性と打ち合わせのため、社長らと共にぼくはレストランにいる。ぼくのオーダーした料理は、煮立った鍋のお湯の上に浮かべた小さな鍋の中にある。それを食べようとして、うっかり小さな鍋をお湯の中に沈めてしまった。でも、ぼくはその料理を食べたいので、お湯の中に手を突っ込んで、小さな鍋を取り出したい。もしかしたらお湯が煮え立っていて、火傷するかもしれないと、怖々手を突っ込むと、お湯はそんなに熱くなく、無事に鍋を取り出すことができた。

投稿者 isshiki : 20:54 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月13日

9月13日の夢(湿疹の出力)

 ある女性(女生徒?)の授業参観に、彼女の保護者として来ている。教室の黒板には一つの数式が書かれていて、その答は「-3A」だ。これはぼくの体にできている湿疹の出力が3アンペアということを意味している。普段は人から見えない胸のあたりに湿疹ができているからよいのだが、今日に限ってはそれが顔にできているからヤバイ。

投稿者 isshiki : 22:12 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月12日

9月12日の夢(サークル部室トイレ)

 公衆トイレに行く。中は広いが、便器のかわりに周囲2列に木製の机が沢山並べられている。床の足元をはじめ、机の上も黄金色の汚れが一面についていて、汚いことこのうえない。しかも、そのトイレの中では、沢山の若い男女がまるで大学のサークル部室のように、みんなで談笑中だ。トイレなんだからここでしていいんだと思うが、抵抗があってどうしてもできない。

投稿者 isshiki : 16:40 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月11日

9月11日の夢(患者天国)

 小さな息子を旅行に連れて行く。「最終目的地としてどこへ行きたいか」と言うと、「○○ランド」と答える。そこは富士山のそばにある地下に造られた街で、住んでいるのは殆どお医者さんだ。好きなお医者さんに自由に診てもらえる、という患者天国が富士のそばにあるのだ。(あったらいいな!)

 大したことはないのだが、ちょっとお腹をこわした。一日目はそのまま家にいて、二日目にはもうすっかり治ったのだが、「医者に診てもらいなさい」と妻に言われる。公民館のようなところに診療所ができている。12時頃行くと、男性の公務員が「あと43分だけ夫婦者の内科医がいるから、診てもらいなさい」と言う。その時間を過ぎると、昼食のため帰ってしまうらしい。見渡したところ随分患者が立て込んでいる。そんな短い時間に本当にこれだけの患者を診られるのかと思ったが、おとなしく待っていると、ちゃんと43分後に「一色さん」と名前を呼ばれた。診察室に入っていくと、なんだか薄暗い。

投稿者 isshiki : 21:48 | コメント (2) | トラックバック

2007年09月10日

ミクシィ「詩と思想」コミュ

ミクシィ会員の方のみへのお知らせですが、「詩と思想」読者の方々の自発的なご厚意で、ミクシィ内に「詩と思想」コミュニティが昨日発足しました。遊牧亭さんという方が管理人をされています。どうぞよろしく。

投稿者 isshiki : 21:29 | コメント (4) | トラックバック

2007年09月09日

9月9日の夢(撮影と敵をやり過ごす夢)

 浜松にスチールの撮影に行く。駅前のウナギ屋の個室の座敷で鰻重を食べた後、そこで撮影を始める。1時から午後の撮影を再開することにして、お昼休みのためいったん解散し、ぼくだけ部屋に残っていると、電話が鳴った。受話器をとると、この店の主人で、「仙川の方には学生向けの店がいっぱいあるのに、なぜこの店で撮影をするのか」と、非難する口振り。頭にきたぼくはすっかり切れてしまい、「そんなことを言われたのは、この店だけだ!」と怒鳴り、すごい勢いでガチャン!と電話を切る。そばの廊下で聞いていた女性の従業員たちが、ぼくの剣幕におそれをなして、立ちすくんでいる。また、電話が鳴るが、怒ったぼくはもう受話器をとらないでいる。
 いつのまにか、その個室から通路一本を隔てた別の部屋にいる。そこは床屋の待合室のような場所。1時になって、さっきの部屋からみんなが撮影に出かけようとするのを見て、慌てて合流する。若い男性スタッフが高価な撮影用のギターを二本、乱暴に床にドン!と置くので、「高いギターだから慎重に扱いなさい。一本6万円もするんだよ」と注意すると、彼は「45万円と書いてありますよ」と訂正する。ぼくは鼻白んで、「じゃあ、高いギターを貸してくれたんだね」と答える。

(ここから、その前に見ていた別の夢。細部は覚えていない)
 電車の駅からたいした高さではない山を仲間たちと登って、山頂にあるレストランに行く。そこへ敵がやってくるが、マスターの協力もあり、全員他の客にうまく紛れて、やり過ごす。ほっとして帰ろうとしているところへ、マスターがポテトの料理を人数分の皿に盛って運んできて、陽気に「食べていきなさい」と言ってくれる。さすがに空腹を覚えていたところだ。喜んでご馳走になる。また、みんなで敵に見つからないよう、山を下りる。山は長年の雨風の浸食作用で、斜面にいくつもの亀裂が入っており、そこに灌木が茂っている。それに身を隠しつつ、出発点だった麓の駅にたどりつく。待合室に再び敵がやってくるが、これもうまくやり過ごすことができた。

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2007年09月07日

9月7日の夢(ダガルディン)

 「ダガルディン(Dagaldin)」という名前の素敵なファンタジー小説が発表され、人気を呼んでいる。よく考えてみると、この変なタイトルの中には「ガルド(gald)」という文字が入っている。「ガルド」というのは、この小説を出版した会社が作ったディズニーランドのような遊園地の名前である。その施設へ行く楽しさを、この物語は暗示したものなのだと分かる。

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2007年09月06日

9月6日の夢(FAX)

 FAXから出力された用紙が大量に、機械の周りの床に散らばっている。一番上にある数枚は、女の子っぽいかわいい便せんにぎっしりと文字が書かれたもので、これは絶対ぼく宛のものだと思い、それを拾い上げる。
 次の用紙も同様な便せんに書かれたものだが、文字がすべて赤いインクでプリントアウトされている。これもぼく宛のものだと思う。
 最後に残ったのは、やはりかわいい女の子向けの便せんに書かれたものだ。元プロのミュージシャンで今はフリーのライターをしているIくんが、「それはぼくのでしょう。いつもこういう用紙で、小林という人が送ってくるんです」と言いながら、周りの女性社員たちの笑いの中で、それを拾い集めて、持っていく。

 レストランで会社のパーティーに出席している。妻には夜10時までに帰ると言っておいたのだが、カウンターの背後の壁にかけられた時計を見ると、もう10時10分だ。でも今から帰れば10時40分までには戻れるかもしれない。そんなことを考えているところへ、ボーイが日本茶をいれた湯飲みを一つだけ、ぼくのテーブルに持ってきた。ぼくだけに持ってきてくれたのだろうか、それとも隣の人に持ってきたものなのだろうか?

投稿者 isshiki : 10:28 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月05日

8月5日の夢(夢日記を書く夢)

 女性と女性が激しく争っている。いつのまにか二人は男性どうしになっており、一方はレスラーのような筋肉質である。二人は車の上で争っているが、それはゴミ収集車のような車だ。なぜか弱そうな男の方が強くて、レスラーのような男の手をとり、それを機械の中に巻き込んでしまう。腕は切断され、レスラーの男は「腕が切れちゃったよー」と野太い声で泣き叫ぶ。

 夢の中で夢をしきりに記述している。今日はちゃんと書いたぞ、と思うが、それは夢の中だということに気がつく。目覚めて、今度こそその夢を書き付けたと思うが、やっぱりそれも夢だった。何度も繰り返すうち、書き付ける紙が手近になくなり、そこにあった人間の背丈ほどの大きさの長方形の箱の包装紙にメモをする。それは誰かが誰かにプレゼントするための贈り物で、十字にリボンが巻かれている。こんなものに書いてはまずいと思うが、書き始めた以上やめることができない。

投稿者 isshiki : 17:51 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月01日

9月1日の夢(片道切符)

 暑さも忙しさも一段落して、野川の岸辺を散歩したら、川州にちょこんととまっているカワセミと目が合いました。多分、雛鳥なのでしょう。しばらく歩くと、上流から二羽のカワセミが並んで猛スピードで飛んできました。川の真ん中で餌を狙うアオサギの首のあたりを通過して、雛の待つ場所へまっしぐら。両親が餌をくわえてきたのでしょうか。

(以上は現実。夢はここから)
 夏休みに妻と小さな息子と三人で温泉旅行に出かけた。ところが途中でいくら探しても、帰りの切符がない。どうやら片道切符だけで出てきてしまったようだ。取引先の一つに旅行代理店があって、そこに予約をしたはずなのに、切符を受け取り忘れたに違いないと思い、旅の途中からぼくだけ一人、東京に戻る。
 代理店に行き、受付で「一色ですが」と名乗ると、やはり預かってもらっていたチケットがあるらしく、「一色さん・・・」とマイクで呼び出しがあった。切符を受け取り、意気揚々と列車で家族のもとへ戻ろうとする。
 ところがターミナルのホームで、ふと気づいた。切符を受け取って、どこへしまったのか、全く記憶が抜け落ちているのだ。慌ててポケットやら手帖の中やらを改めるが、見つからない。もう向こうからぼくの乗る列車がやってくるのに・・・。
 だが、幸いなことに切符はあった。そして、その切符を見て、ぼくの旅先は東北地方の日本海側にある温泉であることが分かる。

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