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2007年08月31日

8月31日の夢(プレゼン)

クライアントのところにみんなでプレゼンに行く。新しい楽器のカタログだ。ぼくは今回何もしなかったのだが、みんながちゃんと考えてくれたらしい。なんと紙のカタログではなく、小さなバスケットの中にパウンドケーキのようにカタログが詰め合わされたセットだ。これはユニーク。だが、その蓋を開けて説明しているうち、デザイナーのOくんが突然「しまった!」と言う。何か失敗があったらしい。

そのプレゼンで浜松へ行く途中、メンバーの一人が間違えて焼津で新幹線を降りて、食事に行ってしまった。ぼくはびっくりするが、社長は「後から追いついてくるさ」と悠然としている。「ちゃんと引っ張ってでも、連れてくればよかったのに」と、ぼくは社長に文句を言う。

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2007年08月30日

8月30日の夢(川のような道路)

ジャズピアニストのO氏の学校コンサートの取材に行く。会場になった教室は机も椅子も少ししかない上、机と椅子の間が狭いので、空席があるのに、気の弱いぼくは座ることができずにいる。まだ開演まで間がある。O氏がついっと外に出たので、ぼくも後を追う。彼は道路をどんどん進んでいく。そこには別の学校の校舎があり、その前に看板がある。描かれているのは楽器かレコードプレーヤーのようなものだ。彼はぼくに「これはドイツの会社と共同開発されたものだ」と説明し、ぼくは必死で彼の言葉のメモをとる。そこへ追いかけてきた学校コンサートのスタッフたちが、「もう始まります。ここは会場から遠いので、タクシーで行きましょう」と、彼をタクシーに押し込んで走り去る。しかたなく、ぼくだけ徒歩で帰ることにする。この道をまっすぐ帰るだけだから、どんどん戻ればいいと思うが、行けども行けども元の学校にたどりつけない。おまけに降っていた雨がたまり、交差する道は川のようになっている。一瞬、この川は渡れないと思うが、「いや、これは道路なのだ」と思い直し、不安を押さえて川のような道路を渡りきる。

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2007年08月29日

8月29日の夢(地下街閉鎖)

ぼくの夢には十数年前から度々出てくる地下街がありました。それは全く同じ地下街なのですが、最初の夢ではすごく賑やかだったのに、年が経つにつれて商店がシャッターを下ろし、少しずつ廃墟になっていったんです。今年、夢で久しぶりに入ろうとしたら、出入り口がアスファルトで閉鎖されていました。すごいショック!

(夢ここから)
 表参道を食事を買おうとしてぐるぐる歩き回る。いつもの地下街に入ろうとすると、そこに通じる出入り口はアスファルトで埋められ、閉鎖されていた。

 同僚のSさんがコピーを書いた冊子を校正するよう、社長に指示される。しかし、原稿が見あたらない。彼女のデスクの上にもないし、引き出しを開けてファイルを取りだし、中身を一つ一つチェックしてみるが、やはりない。会社を出て、表参道の街を探して回るが成果がない。
 会社に戻り、そう社長に報告していると、ピエロの格好をした男が現れて、身振りで「ついてこい」と言う。ついて行くと、キャットストリートの一角で踊り出した。急速なスピンを踊る彼の姿は一匹のペンギンにしか見えない。しかし、ぼくが探しているのはペンギンではなく、原稿なのだ。頭に来る。おまけに空から何かが降ってきたので、掌に受けてみると、何匹もの太った蛭だ。これではたまらない。

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2007年08月28日

8月28日の夢(二十郎とエノケン)

夢に出てくるエノケンって、昔のコメディアンの榎本健一のことだけど、そういう自分も「健一」の「健」の字が分からなくて、検索してしまいました。ぼくの枕元のピアノの上に、実はエノケン直筆のサイン入り扇子が飾ってあります。うちが昔、芸人宿だった頃、本人から貰ったのだとか。

(夢ここから)
 ギターの弾き語りで歌っている。歌詞は「太郎がこんなに悲しい。二郎がこんなに悲しい。三郎も四郎も悲しい。ぼくらがこんなに悲しいなら、二十郎はどんなにもっと悲しいだろう」という歌。

 日比谷公園のあたりを観光バスに乗って走っている。ガイドを務めているのはエノケンのようだ。ふと振り返ると、窓の外の通り過ぎてきた風景がモノクロになって、昔の日比谷の風景が見える。蓮池の向こうにごつごつした山脈がある。かつてここにはこんな山があったのかと驚く。

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2007年08月26日

8月26日の夢(現物支給)

 ぼくの会社では従業員全員に制服代として65000円、食費として150000円が支給される。しかし、現物支給されることも多く、制服代の一部としてグランドピアノ型のトイピアノをデスクに一台ずつ支給されて、置いている人が多い。また、食費は朝食と夕食はバター付きパン、昼はお弁当で支給されることが多い。

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2007年08月25日

8月25日の夢(研究会は大騒動)

今日は恒例の「S研究会」でした。夢でも研究会をやっていました。

(夢ここから)
 今日は研究会の日だ。初めて使う会場はどこかのレストランの二階。なんだか勝手が違う。メンバーは19人と聞いていたのに、部屋にはメンバーがぎっしり。おまけに知らない顔ばかりだ。ぼくの座るスペースすらないくらい。やっと講師席のスペースを見つけて座ると、そのぼくの後ろにもメンバーが座布団を敷いて座ってしまう。これでは困る。さらに壁際まで後退すると、そこは狭いが一段舞台のように床が高くなっている。ここなら安心だ。
 改めて会場を見渡すと、亡くなったはずの大先輩の詩人、斉藤まもるさんがにこにこして座っている。「なぜか思潮社がいっしょに行くというので、今度中国へ行くんだよ」と上機嫌だ。しかし、講師のN氏が現れない。時間が来たので、とりあえず開会し、そのことを話すと、会場から二本手が上がり、「今Nさんは虫歯の治療中です。携帯電話の向こうから治療器具のガーガー言う音が聞こえました」と言う。そんなことをやっているうち、別の講師のO氏の巨体が目の前を通り過ぎた。ええっ、なんで彼がここに?と思う。
 さあ、作品合評の開始だ。「では最初の人」と言おうとして、自分の手元の作品集を見ると、あまりに読み過ぎてページがくしゃくしゃになっていて、どこが一ページ目か分からない。慌てて一ページ目を探し当てるが、それはエッセーだ。エッセーなんか詩の研究会では取り上げられないから、飛ばすことにする。ところが次のページをめくると、そこは19ページだ。泡を食って隣の人に確認すると、どうやら全員の作品集が1ページの次に19ページが来ているらしい。そこで、その作品を書いた人に最初に自作朗読をしてもらうことにする。
 作者は若い男性である。朗読の途中で突然、ギイーンとエレキギターの音が入る。どうやらエアギターらしい。しゃれたことをするな、と思う。続いて彼はぎりぎりっ、ぎりぎりっと歯ぎしりをする。そしてまた朗読に戻る。しかも、なぜか作品集に印刷してあるのとは全く違うテキストを読んで、さっさと着席してしまう。あっけにとられるが、習慣的に「はい。この作品はいかがでしょうか」と言ってしまう。前列とそのすぐ後ろの二人のメンバーが手を挙げる。一人は1歳か2歳の子供をだっこした若い母親だ。「では、赤ちゃん、いや、お子さんをだっこした方」と彼女を指名する。彼女ははきはきとこの作品を支持する発言をするが、肝心の作者はぼくの隣に座り込んで友人と私語をしている。うるさいから注意しようか、と思い、立ち上がる。一度立ち上がってしまうと、もうぼくの座るスペースがなくなっている。

(ここから別の夢)
 会社にチョコレートケーキが送られてきた。社員みんなで分けて食べるのだが、手づかみで自分の分を取ると、皿に沢山取れてしまう。取ってしまったものはしかたがない。いざ食べようとすると、小さな羽虫がいっぱい飛んできて、ケーキにとまる。振り払っても、振り払っても虫がとまる。これでは生きた虫もいっしょに食べてしまいそうだ。

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2007年08月23日

8月23日の夢(靴下をはき直す)

 家を出て、バスに乗り、つくばに建設中の実験施設に出かける。施設についてみると、社長が椅子にどっしりと腰を下ろして、建設を指揮しており、殆ど工事は完了しようとしている。施設は大小二つの部屋からなり、広い方が実験室。小さい方は書庫で、左右の壁面と中央の三カ所に天井まで届く巨大な書架があって、ぎっしりと本が詰まっている。
 施設がもう出来上がってしまったので、ぼく自身は何もしないまま、みんなと帰ることにするが、なぜか途中ではぐれてしまった。おまけに、靴下をはかないまま、靴をはいていたことに気づき、途中、道路に卓球台のような大きさのテーブルを出して営業している食堂のところで、しゃがみ込み、靴下をはき直そうとする。そのテーブルの周りは若い学生達でいっぱいだ。若い男性の店主が注文を取りに出てきて、ぼくに「お前はただ靴下をはくために、ここにいるだけか」と文句を言う。ぼくが「これから会社へ帰るところだ」と答えると、「サラリーマンは大変だね」と同情してくれた。

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2007年08月22日

8月22日の夢(レストラン)

 昼食のため、外に出る。普段はローソンでお弁当を買うのだが、珍しくレストランに行き、カフェテラスのように外に並んでいる椅子に座る。斜め後ろにはテーブルがあり、そこにプラ・ケースに入ったさまざまな料理の見本が並んでいる。ぼくは身をよじるようにして振り返り、ご飯とサンマかサバのあんかけらしい料理を指さして、「下さい」と声に出して注文する。そのとき、人差し指がうっかり料理に触れてしまい、「しまった」と思うが、料理そのものではなくプラ・ケースに触っただけだから大丈夫だと思い直す。しかし、店主はぼくに対して、「もうこの料理は売り切れです」と無情に言い放つ。意外だ。ぼくは「他の何でもいいから」と、店主に食い下がる。

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2007年08月21日

二日分の夢

(8月20日の夢)
 打ち合わせのため、みんなで駅へと向かう。「携帯があるから、それで連絡をとりあえばいいよね」と言って、ぼく一人だけ、みんなとは別の改札口から入ることにする。途中で、階段を降りるが、そこで上着が脱げかけていることに気づく。一度脱いで、着直したつもりだったが、実際はそこに上着を置き忘れ、別の緑のシャツをかわりに着てしまったらしい。歩きながら、みんなに連絡をとろうと、ポケットを探ってみるが、携帯はどこにも見当たらない。

 タクシーに乗って、駅へと向かう。途中で、どこかの家というより部屋の前でタクシーが止まったので、ぼくは「ここでいいです」と運転手に言う。しかし、運転手は「えっ、ここでいいの? 駅はもっと向こうだよ」と答える。その部屋で、ぼくは何か景品のようなものを受け取り、再びタクシーは走り出した。駅はなかなか見えてこない。変だな。もう一つ向こうの駅に行くのだろうか・・・と戸惑いを覚える。

(8月21日の夢)
 会社で仕事をしている。部屋の壁はいずれも天井から床まで届く白いカーテンか、障子で覆われており、真っ白である。いくつか部屋がある中で、ぼくは一番奥の部屋で、何人かの同僚と仕事をしている。突然、サティのジムノペディのメロディーが流れる。ぼくの携帯の着信音だ。慌ててポケットを探るが、ぼくのではなかった。同僚のMくんが「ぼくのだよ」と言う。
 みんなが食事に行ってしまい、中に残っているのはぼく一人になった。ぼくは一匹の白い猫を首縄をつけて連れており、猫といっしょに出演するパフォーマンスの練習を始める。部屋中を猫といっしょに走り回っていると、二階から看護士の女の子が白衣を着て降りてきた。彼女の後をついて、ぼくと猫は走る。追いついた猫が彼女に前足をかけて、甘える。看護士は猫に「わあ、エッチね」とジョークを飛ばすが、上機嫌で嬉しそうだ。

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2007年08月19日

大連夢日記と中国旅行報告

 海外旅行に行くと、なぜか最後の日に夢を見るということが多いです。これは昨日の朝、大連で見ていた夢。

(8月18日、大連で見た夢)

 ぼくは今、スイスアルプスの山中で開かれている国際詩祭に来ている。世界各地の詩人たちが自国語で自作の詩を朗読している声が聞こえる。一瞬だけ、聴衆の中に死んだ母の姿が見える。S誌の編集委員会の同僚であるOくんと、会場に向かうカートに乗り込む。乗りながら、ぼくはこれが夢であることを感じている。だから、夢日記に今体験していることを書こうとするが、夢日記はもう全部のページが埋まっていて、書くスペースがない。たまたまノートには紙が一枚はさまれており、その紙には書き込むスペースがある。ぼくはほっとして夢を書き込み、そこにやっと全部夢を記録したと思うが、次の瞬間、それは夢で、ぼくはまだ一字も夢を記録していないことに気づく。ぼくはすっかり頭に来てしまい、ぷりぷりしながら「ぼくは降りるからね」と言って、カートから一人降りる。通路のソファに座り込んで、今度こそ夢日記を書こうと思うが、やっぱり書くスペースが夢日記にはないのだ。そこはもう詩祭の会場の近くで、大声で詩人たちの朗読が聞こえている。出演する詩人たちが大勢やってきて、次々とソファに座る。その間にまた、ぼくは自分が夢日記を書いたと思うが、よく見ると、それはきれいな赤い和紙でできた便せんで、明らかに女の子用のものだ。こんなものがぼくのものであるはずがない。慌てて、ぼくはそれを目の前にあるベンチの隙間に押し込んで、隠してしまう。

 ぼくがファンの女性アイドル歌手(実在しない)が、彼女の在籍する高校の文化祭で受付をしている。雨が降っている中、ぼくは彼女に会うために長い石段を降りて、その受付の場所にようやくたどり着く。ところが、受付をしていたのは、彼女とは似ても似つかぬ初老のおじさんではないか。ぼくは慌てて回れ右をして、石段をまた登っていく。

(ついでに旅の報告)

 今回は12日に大連に着き、旅順の日露戦争遺跡を見学した後、17日まで夫婦二人列車を乗り継いでシンヨウ(日本統治時代の奉天)、長春(同・新京)、ハルピンまで行ってきました。その後飛行機で大連まで戻り、18日の午後、帰国。
 もちろん言葉が通じないので、スルーガイドに付いてもらいましたが、もろに中国の市民と日常を共有できたのが面白い体験でした。駅の売店で20元出して4元の水を買うと、6元しかお釣りが来ず、抗議すると悪びれずに10元また差し出すとか、他の国とはちょっと違う国民性を実感しました。
 中国は四度目ですが、前回来たときと明らかに違うのは、街にごみが一つも落ちていないこと。ゴミを投げ捨てると、罰金をとられる法律が出来たそうで、警察官が目を光らせ、たえず清掃係の人がくまなく落ちているゴミを拾っています。五輪対策の一つなんでしょう。それと、あんなにいたホームレスや物乞いの人が一人もいません。ぼくの勤めている千駄ヶ谷なんて、ゴミとホームレスだらけなので、びっくりしました。各地の路面電車にも二度乗ってみましたが、たとえ車体は木造でも全車、パスネットで乗ることができます。これにも仰天。中国の電子化はいっそうすさまじい速度で進んでいました。

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2007年08月12日

8月12日の夢(頑固な床屋)

(明日から中国です。出発前に久しぶりに夢を見ました)

 「仕事の前に、床屋へ行って来い」と上司に言われ、ぼくは街に飛び出した。今は表通りには殆ど床屋なんてない。裏通りに入っていくと、予想通り床屋があった。
 頑固そうな短髪のおやじとおかみさん、それに娘らしい姉妹がいる床屋だ。おやじに髪を切って貰うが、どうも彼の態度がおかしい。カットだけしてもらったところで、「どうしたのか」と尋ねると、「おまえはどうも気に入らないから、やりたくない」と言う。それならぼくも返金してもらって、これで店を出ても悪くないと思う。でも、姉娘にだけはぼくのことを理解してもらいたい。といって、ぼくの正体を完全に明かすわけにもいかないから、「ぼくのことは紳士録でも何でも見てもらえば分かる。けっして怪しい者ではない」と、おかみさんと姉娘に話す。しかし、もうこの店には入れてもらえないだろうなと思いつつ、店を後にする。
 別の日、また上司に「仕事の前に床屋へ行って来い」と言われる。別の店を探すつもりだったが、裏町や住宅街をさまよっても床屋は見つからない。しかたなく、こないだの床屋に入る。追い返されるかと思ったが、どうやら受け容れてもらえそうだ。(夢ここまで)

では、行って来ます。

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2007年08月11日

不在通知

明日、成田で前泊して、18日まで中国の大連からハルピンまで列車の旅をしてきます。
夢日記も書けません。ごめんなさい。
最近、夢もあまり見られないなあ。落ち込んでいます。

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2007年08月09日

8月9日の夢(ロケ撤収)

(ほとんど毎日同じ設定の夢を見ています)
 ロケに来ていて、撮影が終わり、撤収をするところ。おみやげ屋さんがカタログをぼくに手渡し、「この品物の発注を受けているので、代金を支払え」と言う。ぼくは支払うべきかどうか判断できないので、誰かこの撮影を指揮する中心スタッフがいないかと、メンバーの集まっているところへ行き、一人一人顔を覗き込むようにするが、幹部級の人は見つからない。
 困って、上階へ登ると、そこでは旅行会社のスタッフたちが、忙しくロケの撤収作業の指揮をしている。一人の制服姿の男をつかまえ、代金を払えと言われていることを説明する。制服の男は、「ああ、これは発注はかけたけれど、忙しいからもういいや」と言う。「最後に、みんなにおいしいお弁当を食べてもらおうと思ったんだけどね」とも言う。おいしそうなステーキ弁当と、おみやげのネクタイの箱が目に入る。どうやら予算がないので、発注をキャンセルするということらしい。とっても残念で、後ろ髪を引かれる。でも、「じゃあ、おみやげ屋さんが来ても、知らん顔して忘れたふりをしていればいいんですね」と、ぼくは答える。

 ぼくとそりのあわないライターのMさんと自宅近くの通称ビール坂を早足に下っていく。坂の左斜面は一面もぐらが地面に盛り上げた土の山のようなものが無数にできている。突然、Mさんは坂道から逸れて、その土饅頭の地帯を越えて、坂の左下にある建物の中に入ってしまう。そこで服を着替えているらしい。彼女の戻ってくるのを待っているが、なかなか姿を見せないので、いったん坂を降りてから、左へ戻る感じでその建物の中にぼくも入る。その瞬間、彼女はもう一人の女性と共に建物から現れ、ぼくを無視して急ぎ足で坂の下の方へどんどん行ってしまう。慌てて二人を追いかけるが、追いつけない。ぼくは後ろから「追い越されちゃったねー」と冗談めかして呼び掛けるが、二人は全くぼくを無視して行ってしまう。

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2007年08月08日

8月8日の夢(出口は入り口)

 京都に撮影に行き、旅館に泊まる。次の日、社長たちは午前中から撮影。ぼくは一人、東北で撮影があるので、そちらへ出発しようとする。旅館の地下にいたので、出口を探して階段で一階へ上ってみたが、そこにはまた旅館の内部へ戻る出口(入り口?)しかない。結局、旅館の外へは出ることができない。
 社長が新しいロケ地の予約をしたと言う。聞いてみると、それはぼくがこないだ撮影をしたのと同じ場所だ。珍しく社長と気が合ったなと思う。ぼくの撮影したカットと、社長の撮影したカットを一画面の左右に並べて、1カットに合成することにする。

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2007年08月07日

8月6日の夢(郵便ロケット)

 昨日、更新できなかったので、これは一日前の夢です。

 ロケットで郵便物を運ぶ郵便ロケットが開発された。途中まで長い発射台というか、ロケットの通るパイプ状のコースが空高く飛行機雲のような感じでずっと続いているのを見上げる。途中からそのコースはなくなり、ロケットは大空へ飛びだしていく。ロケットがコースを通っている間は、目をつむっていても見ることができるが、空へ飛び出してからは目を開けないと見えないので、眠るのをやめて目を開ける(という夢)。
 そのコースの途中にも100メートルおきくらいに、大きな袋に入った郵便物が届き、女性職員が大騒ぎをして、それを取り出す。コースにはあちこちロケットから吹き出す煙を排出するための穴があけられており、そこに巣をかけるカラスたちにとっては、その煙が大敵らしい。

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2007年08月05日

8月5日の夢(地方ロケ)

 地方へロケに行き、旅館に泊まっている。他の撮影に参加する親子連れも沢山宿泊しており、朝は階段の上り下りもできないほどごったがえしている。ぼくは一階まで降りて、「朝食は何時から?」とS誌編集委員のN氏に尋ねる。彼は「一色さんが一番早いんですよね」と答える。ということは、急いでぼくが食堂に行って、みんなを指揮して、一番に食べ始めないといけないということだろう。慌てて食堂のある四階に昇ろうとするが、階段はあいかわらず親子連れでごったがえしていて、なかなかたどり着けない。ようやく四階までたどり着くと、右側は動物園になっていて、そこに子ども達が入場していく。
 今日は休日だが、9時半近くに東京のクライアントの事務所に行く。何かトラブルがあったのだろうか。難しい顔をしたH重役が、入り口のドアの鍵がまだ開いてないことに、ますます苛立った様子で入っていく。それを外から見ていて、ぼくは「しまった! 今日は地方で撮影だったのに、習慣でついクライアントの本社へ来てしまった。今から現場に行っても、間に合わないなあ」と慌てる。回れ右すると、そこには別の重役がいて、やはり苦虫をかみつぶしたような顔で、会社の入り口をにらんでいる。
 外に出る。空に黒煙が一筋立ち上っている。火事だ。シンガーの中島美嘉の事務所から火の手が上がっている。

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2007年08月04日

8月4日の夢(会社の新体制)

 会社に新しい社員が入ってきた。意外なことに中年のおばさんだった。一方、ぼくは仕事がなく、デスクで暇をもてあましている。

 クライアントに何冊分もPR誌の企画案を、手書きで、まるで印刷したみたいにきちんとすべての原稿を書き、レイアウトした上で提出したのに、ちっとも発注のゴーが出ない。「あまりに完成されたものを提出し過ぎたので、きっともう出来上がったような気にクライアントがなってしまったためでしょう」と、ぼくはM重役に釈明する。どうやらMが新社長に昇格したらしい。

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2007年08月03日

8月3日の夢(あたしはだれ?)

 女性社員が会社の片隅を片づけ、そこに別の女性社員を座らせて、ポートレートを撮っている。この仕事はクライアントがお菓子屋さんなので、そのメーカーのお菓子の包みを破り、モデルの女の子はわざわざその中が見えるようにして、手に持っている。そこへ吉田拓郎扮するUくんが外から帰ってきて、彼女の背景になっていたテーブルと長椅子のセットの左半分に腰掛けてしまった。しかたなく、カメラマン役の女の子は長椅子の右半分を片づけて、そちらを背景にしようとする。Uくんなんか、退かせばいいのにと思う。左の方から今度はお菓子ではなく、ワインのボトルを持ってきて、モデルの女の子に持たせる。

 突然、女性がぼくに向かってアップで迫ってきて、「あたしは、だれだあ〜!」と叫ぶ。

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2007年08月02日

8月2日の夢(目覚まし)

 枕元で目覚ましが「リリリリ・・・リリリリ」と鳴った。すると、夢の画面に「!!!!・・・!!!!」という数字が表示された。

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2007年08月01日

8月1日の夢(船と銃撃)

 家の前を流れる野川のような川に、大型船が入り込んでいて、ぼくはなぜかその船の甲板にいる。そこから岸辺を見ると、川の水面が壁のように垂直に立ち上がって見えるが、岸辺の家はふつうに見える。目の錯覚だろう。しばらく見ていると、その錯覚は消えて、水面もふつうに水平に見えるようになった。
 船内を塗り替えることになったらしい。同僚が大きなパレットのようなもので、いろいろな色の絵の具を混ぜ合わせている。絵の具には粘りがあるため、大変な力仕事らしい。ぼくは急いでそばに行き、手を添えてパレットを支えてやる。ぼくの隣で若者が食い入るように彼の手元を見つめている。これから仕事を覚えるために、そうやって先輩の仕事ぶりを眺めているのだろう。ぼくはもう退職する身なので、今さら若者といっしょに彼の手元を眺めていてもしかたがないなと、気づく。
 その場を離れ、船首に行く。船の前の河原に沢山の子どもたちがいて、船を見上げている。船首には象の鼻のような送風管があり、そこからぶわーっと風が出て、子どもたちを追い払う。かたわらにいた中高年のおじさんは船を警護するガードマンらしいが、突然子どもたちに向けてバンバンと銃を撃ち始める。威嚇射撃だろうか。子どもたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていくが、何人かの子どもたちは河原に倒れてしまう。

投稿者 isshiki : 17:53 | コメント (2) | トラックバック