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2006年01月30日

1月30日の夢(ジェム・モード・コピー)

 コピーに「ジェム」モードというのがあり、それに設定すると、宝石のような質感のカラーコピーをとることができる。ところが、そのモードを通常モードに戻そうとして、はたと困惑。「ジェム」モードにもいろいろな種類があって、現在そのどのモードになっているかが分からないと、元に戻せないのだ。自分のデスクの一番下の引き出しの側面に、その種類を書いたリストが貼ってあったのを思い出し、デスクの下に潜り込んでリストを読もうとする。しかし、そこは暗くて、老眼鏡をかけていなかったぼくには全く読みとれない。

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2006年01月29日

1月29日の夢(ホテルの映画会)

 浜松のホテルに妻と泊まっている。夜、サロンで映画会があるので、妻と見に行く。映写されるのは北野武監督の処女作だという。会場は子ども連れのファミリーなど、大勢の泊まり客でいっぱいである。画面は昭和30年代の日本の都市らしく、画面を懐かしい路面電車が1台走り過ぎる。次に川の上のシーンになる。暗い夜の川に電飾をいっぱいつけた船がたくさん航行しており、それらの船と逆行する形でカメラも水上を進んでいく。船とすれ違うたび、船上に美しく着飾った男女や子どもたちの姿が見える。カメラがすれ違う瞬間、ものうくこちらを振り返る子どものシーンにはっとさせられる。フェリーニか寺山修司の映画のような手法だと、ぼくは感じる。映画の最後は画面の中にたくさんの路面電車や貨物列車が走り込んでくる。すごい数だ。これらはとても全部が本物とは思えない。書き割りのようなものをレールの上に滑らせているだけではないのかと、疑問に思う。だが、時計が真夜中の2時になったところで、唐突に映写が打ち切られる。会場を出ながら、妻が「いかにもタケシらしいわね」と言う。ぼくは「いや、処女作だから、これでも随分わかりやすく作っているんだよ」と答える。こんなに夜遅くまで、妻が起きているのは珍しいなと思う。そのとき、ぼくが妻になにげなく渡したコンビニの袋を見て、妻は不審を感じたらしく、「なぜ、こんな袋を持っているの?」と尋ねる。見ると、その袋には「仙川」というマークが付いている。ぼくは「実はいろいろな所を回って、昼食を仙川(調布市内の地名)で食べ、それから浜松に来たんだ。でも、それは夢の中のことなんだけどね」と答える。

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2006年01月28日

映画作りと鉄板焼き

 仕事でPR映画を制作している。他社の作った映画から一部のシーンを借用することになった。その台本を入手して、ぼくが問題の場面を書き写して、台本を作る。ところが、実際に編集したフィルムを試写してみると、ぼくが書いた台本とは随分違い、時間も短くカットされている。しかも、出演している俳優は3人だけで、その3人がとっかえひっかえいろんな役を演じているので、なんだか変な感じだ。
 会議が長引くので、食事になる。バーベキューのような鉄板焼きが室内で始まった。そんな食事はどうでもいいから、早く会議が終わってほしい。でも、映画のスタッフは、こうやって長い打ち合わせを延々とするのが好きなんだよな、と思う。リーダー格の男性はぼくより若いが、びしびしとさまざまな指示を出す。ぼくより才能があるんだから、命令されてもしょうがないよなと思う。彼は自分の箸をひっくり返して、握り側で鉄板焼きの具をつまんで食べる。ぼくは手を伸ばして、そのまま箸のとがった側で具をつまんで食べる。ふと気がつくと、もっとぼくの位置から近いところに別の鉄板焼きがある。そちらをつまんだ方がよかったなと後悔するが、そっちは既に女性スタッフたちがあらかた平らげてしまっていて、殆ど残っていない。

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2006年01月27日

ズボンをなくす

 追われている。ナチかアメリカか、侵略者か。大きな建物の中の、水たまりか池のようなところを、初老の男女数人といっしょに、向こう岸へ渡ろうとする。みんな疲れて、難民のような感じ。飛び石のように、石が水面から突き出ているのを、つたっていくが、ぐらぐらしていて、とても不安定だ。今にも水面に落ちてしまいそうな不安に襲われる。なんとか渡りきり、ほっとして足元を見ると、なんとぼくはズボンをはいていない。武装した女性兵士に「ズボンを向こうに置いてきてしまいました。取りに戻ってもよいでしょうか」と訴える。彼女は意外にやさしく、ぼくと同行してくれるという。今度は兵士といっしょなので、池を渡らず、大回りして元いた場所に戻る。しかし、ぼくのズボンは見当たらない。

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2006年01月26日

海生生物の標本

 高層ビルのベランダで妻に、ぼくが採集した海の生き物のコレクションをいくつも見せている。みんな細かく仕切られた大きな標本箱の中に整理されているが、まだ生きている。中には箱に入れて、その箱を紐でぐるぐる巻きにしてあるのに、箱ごとぴょんぴょん跳ねている元気なやつもいる。ぼくもさすがにその箱をあける気にならず、「これは怖いから、あけないことにしようね」と言う。妻は「私は女の子だから、こういうのはあんまり見たくないわ」と答える。ぼくは「そうだ。もう一個あるから取ってくる」と言って、室内に戻る。だが、見つからないので、エレベーターで一階まで戻る。そこはごったがえしたデパートの売場だった。その最後の一個をぼくはどうしても見つけることができない。

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2006年01月21日

1月21日の夢(フィリピン旅行記)

 妻とフィリピンに旅行する。温泉があるというので、行ってみる。温泉といっても田圃のようなところで、外人の夫婦などが泥の中に腹這いになっている。胸を泥に沈めているのは、乳ガンに効く温泉だからだという。勇気を出して、泥の中を泳ぐ人もあると聞く。
 帰国することになり、出国口に行列する。ポケットからパスネット(私鉄の共通カード)を出して持つ。いや、電車ではなく、飛行機に乗るのだと、間違いに気づく。そこへツアーコンダクターがやってきた。コンダクターはS病院泌尿器科のぼくの主治医だ。精算の必要があるという。ぼくは55000円だ。「多いねー!」とコンダクター。温泉などへ行ったからだろうか。財布から現地の紙幣で払おうとすると、日本円でなければ駄目だと言う。ぼくの財布には分厚い札束が入っているので、それを取り出す。だが、その大部分は以前に交換しそこなったドル紙幣で、なかなか日本円が見つからない。ようやく55000円を渡すと、コンダクターはそれを持って、どこかへ行ったまま戻ってこない。一緒に行列に並んでいた妻も、その間にトイレに行ってしまい、戻ってこない。
 一人になったぼくに、群衆の中から二人の怪しげな男が現れ、「そのお腹にくっついているものは何だい?」と指さす。自分のお腹を見下ろすと、ジーンズのズボンのお腹のところに変な金属の塊がブローチか何かのようにくっついている。「ああ、これはベルトのバックルが外れてしまったみたいたね。なんなら、あげるよ」と、ぼくは精一杯の愛想笑いをつくって答える。抵抗したら生命が危ないかもしれないからだ。でも、ただでくれてやるのも、ちょっと悔しい。「なんならお金をくれてもいいし、何かと交換してあげてもいいよ」。そう言うと、相手の男は自分がベルトにつけていた、薄汚い金属の塊を替わりにくれた。受け取ってみると、ずしりと重く、しかも金色に輝いている。しかし、お腹の金属を男に取られてしまったので、ズボンのデザインが変に間が抜けてしまってかっこわるい。ぼくはジーンズにデザインとしてくっついていた金属製の紐のようなものの位置を直して、なんとかズボンの体裁を整える。

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2006年01月20日

1月20日の夢(コンクール養成講座)

 フランスへ旅行に行き、バスで帰国した。

 コンクール養成講座というのに通ったら、あるコンクールの5位に入賞して、20万円の賞金をもらった。新聞記者に感想を求められて、「現代詩も実験的段階では教えてもらって習うということができなかったが、ようやくノーハウが確立して、教えられるようになったのでしょう」と話す。

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2006年01月18日

1月18日の夢(裏庭のテント族)

 夜、ゴミを捨てに行こうとすると、妻が「庭に暴走族が入り込んでいるようだから、追い出して」と言う。ゴミ袋を提げたまま裏庭(40年前の名古屋の実家の裏庭)に行くと、そこにはいくつも白いテントが張られていた。「リーダーは誰だ」とぼくが叫ぶと、右の方から若い男が現れ、左からは少し老けたおばさんが出てきた。「ぼくはリーダーと話したいんだ」と再び叫ぶと、男の方がぼくと向き合った。彼はぼくに地図を示しながら「この地点は昔JRの○○線の分岐点だった。だから、ここは祭りの広場なのだ」と言う。その話なら、ぼくも聞いたことがある。「だが、それは地図の読み違いで、この場所ではない。ここは小田急線の支線の分岐点だったのだ。その線が廃線になったとき一緒に地中に埋められた者たちがやがて出てくる。そしたら、ここにいると怖ろしいことになるぞ」と、ぼくは脅かす。

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2006年01月13日

1月13日の夢(海霧の妖精)

 北海道の海岸。波打ち際をぼくは何かの乗り物に乗って、左から右に動いてきた。そして陸に向かって今度は少し波打ち際から離れるように動き、そこで静止する。遠浅なのに、砂浜は40度くらいの急斜面になっている。もし自動車だったらハンドブレーキが利かずに滑り落ちてしまうのではないだろうか。ぼくは急に不安を覚えて、振り返って足下を見る。すると、ぼくは車に乗っているわけではなく、折り畳み式の座椅子のようなものに乗っているのだと分かる。一体誰がぼくをここまで運んできてくれたのだろう? 
 波間からはもくもくと白い霧のようなものが盛んに立ち上っている。その霧が凝結して、真っ白なヤギが波間に現れる。つぶらな瞳がかわいらしく、ぼくはヤギとすぐ仲良しになる。いつのまにかヤギのかわりに、そこには白い妖精のような少女がいて、ぼくに「どこまでも付いていくわ」と言う。

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2006年01月12日

1月12日の夢(超内股から超ガニ股へ)

 会社が原宿のモダンなカフェバーの中に移転した。とてもかっこいい。隣の建物は日本語学校で、その隣はインターナショナルスクール。この二つの学校は経営者が同じらしい。日本語学校にはなぜか日本人の中年のおじさんたちも通っていて、彼らがインターナショナルスクールの屋上に上がっている。経営者が「学校のイメージが悪くなるから、降りるように」と説得している。
 会社から出て、原宿の街を歩く。なぜか右足がつってしまって、一歩踏み出すごとに右足が左足より左側に着地する。超内股で歩いている感じ。手で右足をつかんで持ち上げ、左足より右に着地しようとするが、どうしてもうまくいかない。試しに両足先を両手でつかみ、膝を地面につけて歩いてみると、これは問題なくできる。
 表参道からキャットストリートへ降りる石段で何人もの若い男性が着替えをしている。ぼくはうっかり彼らの脱ぎ捨てたカラフルな上着を踏んでしまう。彼らのガールフレンドが見ている前だったので、かわいそうなことをしたと後悔する。さらに行くと、道いっぱいに青い防水テントの布が敷き詰められていて、その下にも彼らの上着が埋もれているのをまた踏んでしまった。すると、ぼくの超内股だった歩き方は元に戻るが、戻りすぎて今度は超ガニ股になってしまう。

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2006年01月10日

1月10日の夢(携帯が鳴る)

 携帯が鳴った。ぼくのだけではなく、周りであらゆる人の携帯が鳴っている。とりあえず自分の携帯を取る。「吉田ですが」と女性の声が言う。「こないだ、二人でXXの店で忘れ物をしましたよね」と言う。吉田という女性にも、忘れ物にも心当たりがない。いや、アルツハイマーになって、みんな忘れてしまったのかもしれないと恐怖にかられる。「な、何を忘れたんでしたっけ?」「プレゼント用の包み紙ですよ」「えーと、ぼくは別にそんなもの、忘れたままで構わないんですが・・・」と答える。

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2006年01月09日

1月9日の夢(タクシーの隠し子)

 久しぶりに詩の賞を受賞した(現実ではありません)。今、夜の7時半だ。そのことを学生時代の詩のサークルの先輩である大谷氏にこれから報告に行こうと思う。ここは名古屋で、大谷氏は多治見に住んでいる(実際の大谷氏は前橋の住人)ので、今からタクシーに乗れば8時には彼の家に着くだろう。玄関で5分間ほど立ち話をして、それから家に戻ればいい。
 しかし、タクシーはいつまで経っても名古屋市内を走っている。運転手は「疲れたので一休みしたい」と言うと、いきなりスピードを落とし、ぼくを助手席に乗せたまま、ドアを開けて道路に飛び降りてしまう。うわっ。ぼくはハンドルを握って、完全にタクシーが停車するまでブレーキを踏むが、タクシーは路肩を踏み越して、脱輪してしまった。だが、幸いすぐに道路に戻れた。
 はっと気がつくと、いつのまにか知らない男の子が後部座席に乗り込んでいる。「降りなさい」と声をかけると、素直に降りていった。だが、タクシーが走り出すと、車内のあちこちに隠れていた子どもたちが次々に現れる。赤ん坊をおぶった子どもを含め、女の子ばかり6人だ。しかたなくぎゅうぎゅう詰めで多治見を目指す。しかし、8時を回っても、まだ多治見は遠そうだ。
 また、気がつくと、ぼくはいつのまにかタクシーを降りて、道路で子どもの一人と話し込んでいたらしい。そんなぼくにしびれをきらして、タクシーは勝手に走り出す。窓から顔を出した運転手は、今までは男の運転手だったのに、若い女性に変わっている。ぼくはなぜか彼女の名前を知っていて、その名前を叫んで呼び止めようとするが、タクシーはどんどん先へ行ってしまい、姿が見えなくなる。ぼくと子どもは電動車椅子のようなものに乗って、後を追いかける。だが、大きな交差点で四方を見渡しても、タクシーの姿はない。
 ぼくと子どもはしかたなく、テーマパークのようなところへ入る。洞窟があり、洞窟にあいた穴から、ウォーターシュートが見える。若いカップルが別れ話からケンカを始め、女性の方がウォーターシュートのスイッチを入れてしまう。彼女自身を含め、周囲にいた女性たち10人くらいが綱引きのようにロープにつかまったまま、「きゃーっ!」という悲鳴を上げながら、あっという間に坂を滑り落ちて湖の中に引きずり込まれる。彼女たちの消え去ったあとに大きな波が立ち、ざぶんとその波がぼくの足下を濡らす。
 ぼくは連れの子どもを振り返る。それは11,2歳の少女だった。ぼくは彼女の肩を抱き、「本当に愛していたのは、きみだったんだよ。でも、親子としての愛だけどね」と言う。

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2006年01月08日

1月8日の夢(テレコの暴走)

 しばらく使っていなかったカセットテレコを持ち出して使ってみた。テーブルの上に立てておくと、ちょっと目を離したすきに倒れて、勝手に動き出した。しかも、テレコの上部にAとBの二つのランプがついているのだが、それがめまぐるしくABABABAB・・・と点滅を繰り返している。AとBの二つのステータスの間を往き来しながら暴走しているらしい。いったん電源をオフにして再起動すれば直るかと思い、何度も主電源を切ったり点けたりしてみるが同じだ。でも、実際の取材にはもっと小型のぼくの私用のカセットを持っていくから、こいつは壊れてもいいやと思い直す。

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2006年01月07日

1月7日の夢(大学と毒ガス)

 大学の教室のような部屋の窓から地上を見下ろしている。三階くらいの高さのようだ。地上にクライアント企業の担当者がいて、ハンドマイクで仕事の指示を出している。以前クライアントの指示を勘違いした失敗があったので、今度はしっかりとメモをとらなくてはと思う。窓からはぼくのほかに何人か若い学生たちが首を出して、クライアントの言葉を聞いている。クライアントはある質問を出し、学生たちに答えさせようとする。ぼくは当てられたらいやだなと思う。幸い「左から何番目のきみ」と指名されたのは女子学生だ。すると、隣にいた男子学生が彼女を抱き上げて、窓の外に出す。そして、そのまま手を放す。彼女は「わーっ」と悲鳴を上げながら落ちていくが、地上に待ちかまえた別の男子学生がするすると敷き布団を広げ、彼女は無事そこに着地した。
 一階に降りる。校庭には何かの塔のようなものが建てられている。そこから曲がりくねった廊下を歩いていくと、ガラスのドアに出る。その向こうに白いガスを吐き出すテーブルのようなものがあって、その周囲でばたばたと男たちが倒れていく。テーブルには大切なものが置かれていて、ぼくもそれを取りにきたのだ。しかし、このままでは自分もガスにやられてしまうので、何か防御器具のようなものを取りに戻り、それから走ってガラスドアのところに戻る。ぼくは早く走れないので、一人の女性が手を引いて走ってくれる。しかし、彼女があまりのスピードで突っ走るので、ぼくは苦しくてとてもついていけない。

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2006年01月05日

1月5日の夢(試験)

 教室に座っている。突然、試験をやるという。「簡単だから」と先生が言うので、受けてみることにする。ぼくは自信満々で答案用紙を埋めていく。全部解答してのんびり周りを見回している。だが、答案用紙を裏返してみると、なんと裏にも問題があった。しかも難問ばかりだ。あと10分しかない。大いに慌てる。「役者にとって必要条件として正しいものに丸をつけよ」という問題があり、三項目が記されている。「皆が同じ考え方で、同じ能力を持っていること」というのがある。これは一見丸のようだが、芸術は多様な考え方と異能のぶつかりあいだ。ペケが正しいだろう。次の問題は変にくだけた口調で、「帝劇がお好きなようですね。どうしてそんなに好きなのですか?」とある。その次も帝劇に関する問題だ。もしかしてこの試験を作ったのは菊田一夫先生だろうか? ぼくは帝劇には行ったことがないので、正直にそう解答する。これで、走り書きではあるが、なんとか全問に時間内に答えられたようだ。

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2006年01月04日

1月4日の夢(上原さんのレコーディング)

 夕方、原宿の表参道にあるソニーレコードのスタジオ(実際には原宿にソニーはありません。また上原さんはEMIのアーティスト)に入る。これからここで上原彩子ちゃんとボブ・ジェームス(ジャズピアニスト)の世界初の共演レコーディングが行われるのだ。夕食を食べてないので、お腹が減った。一人で待っている彩子ちゃんも空腹だという。ボブはまだ到着しない。「ぼくが何か買ってきてあげるよ」と言って、スタジオを出る。スタッフが「ボブは10時半から入院しなくちゃいけないんだ」と声をかけてくる。だからレコーディングの時間が限られ、大変だというわけだが、それなら10時半には必ず終わって帰れるわけだから、ぼくは嬉しい。二階にあるスタジオフロアの出口には検問スポットがあり、2,3人の女性社員がたむろしておしゃべりに夢中だ。ここで彼女たちにぼくがいったん出て、また戻ることを認識してもらわないと、食糧を調達して戻ったときに再入場させてもらえない可能性がある。「一人出ます」とぼくが声をかけると、彼女たちもおしゃべりをやめて「一人出ます」と復唱する。これなら大丈夫だ。
 ぼくはケータリングできる食べ物を求めて原宿の街を歩き回るが、ブティックばかりで食べ物を売っている店が見つからない。やっと見つけた洋菓子店で、ケーキを3種類、6個ずつ注文する。大量注文に店の主人もボーイも大喜びだ。だが、ケーキは予想以上に小さく、注文したケーキは全部集めてもぼくの片手に収まってしまう。しかも、スタッフはボブがやってきたら、6人より多くなるのではないか。ケーキが人数分より少ないとしたら、みんな遠慮し合って、なかなかケーキを手にとれないだろう。特にぼくの立場ではそうだ。スタジオの階段を登りながら、ぼくはケーキを一個取って、こっそり食べてしまう。だが、それはまるで食パンの耳のようなもので、全然おいしくない。

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2006年01月03日

1月3日の夢(電話番号が見つからない)

 夕方に校正が届いた。忙しさにまぎれてそのままにしておいたが、それは土日をはさんで月曜に納品しなくてはいけないものだったと思い出す。急いで校正をクライアントに見せに行って、OKを貰わなくてはいけない。クライアントに電話しようと思うが、電話番号が見つからない。社長に尋ね、電話番号を書いたメモを貰う。そのメモをコピーしようとすると、コピー機の上に撮影用にセットされた小道具が置かれていて、使えない。もう一台のコピー機に向かうと、そちらも同じだ。だが、慌てていたので、その一部を動かしてしまったが、知らん顔をすることにする。同僚のSさんやTくんがコピーを取ってきてくれるというので、メモを渡す。だが、コピーしてくれたものを見ると、全然別の内容である。二人はぼくからきちんと何かを印刷した紙と、紙片の一部をびりっと破り取ったメモとを受け取り、前者をコピーして、後者はごみと思って捨ててしまったという。電話番号が書いてあったのは後者の方だったのに。
 まあいいや。電話番号はきっと自分のコンピューターのどこかに記録してあるはずだ。パソコンのキーボードはデスクの上にあるが、モニターは壁いっぱいの大きさの大画面である。その大画面の前にはいろいろな荷物が置いてあって、画面の下や左右がよく見えない。下の方にツールバーがあって、そこをクリックすれば電話番号も出てくるはずだと、壁のところまで見に行く。だが、画面の下にも左右にも何もない。当惑していると、大画面の裏側に部屋があるのに気づいた。入ってみると、女性社員のIさんが忙しそうに何か仕事をしている。
 気がつくと、もう夜の10時近い。外に出ると、業界の何かの会合があるらしく、去年クライアントを定年退社したNI氏が立ち話をしている。ぼくが探しているのは、NI氏ではなく、後任のNA氏なのに。また会社に戻る。もう万事休すだろうか。

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2006年01月02日

1月1日の夢(進退窮まる)

 会社の昼休みに食堂へ行き、いつもの仕出し弁当(現実の会社には食堂も弁当もありません)を食べようと手を伸ばす。だが、食堂では妻の参加する読書会が開かれていて、彼らもちょうど弁当を食べるところだ。そこにあるのは彼らのための弁当で、ぼくの分はないと分かり、しかたなく外に出て、レストランに行く。
 そのレストランで食事をすませ、お勘定をしようと思うが、レジ係がいない。そばにいた若い男に声をかけるが、要領を得ない。彼はこの食堂の単なる事務員らしい。レジ係の女性が戻ってきて、ようやくお金を払うことができた。
 その店で知らない美少女と知り合う。その店はぼくの生家のあった名古屋の覚王山にあり、ぼくは彼女に「この街の南の方にぼくの家があるんだよ」と話をする。ところが気がつくと、美少女はいつのまにか野豚のような男性詩人に変身している。「詩と思想」の同僚編集委員のO氏ではないか。びっくりしていると、しばらく時間が経つとO氏はまた美少女に戻る。そして、またしばらく経つとO氏に戻る。そんなことを繰り返す相手とぼくは今度は原宿の裏通りにいて、仲間たちと前衛劇について議論をしている。誰かがぼくにあるシンポジウムに出てくれないかと言う。そのためには40分くらいの映像を制作する必要がある。ぼくにはとても自信がない。
 ともかく家に帰ろうと思う。連れが今度は眼鏡をかけた小太りの女性になっている。瓦礫の山を登らなければ、家には帰れない。女性はするすると登り、ぼくは一人麓に取り残されてしまった。恥も外聞もなく「助けてーっ」と叫ぶと、彼女は戻ってきて、ぼくの手を取っててっぺんまで引っ張り上げてくれたが、そのままどこかへ行ってしまう。だが、瓦礫の山の右側は京王線の線路で、電車が激しく行き交っている。左側は小田急線の線路だ。どちら側にも降りることができず、ぼくは進退窮まってしまう。

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