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2005年11月30日

11月30日の夢(少年と女と銭形警部)

 日本からハワイにやってきた少年が、さらにフランスへ渡航しようとしている。そこへ銭形警部そっくりの人物が現れ、「きみには何故かいい女がいつもつきまとっているな。おかしい。信用させておいて、実はきみから大金を巻き上げようとしている組織の女に違いない」と忠告する。少年自身も「そうかもしれない」と思う。しかし、少年には別に気になることがあった。「ねえ、○○って、何のこと?」と銭形警部に尋ねる。「きみが知らないということは、難しい言葉だな。うむ。それは『時間』という言葉ではないかな? きみが着く『時間』に迎えにいくと、きみのおじさんは言いたかったのじゃないかな」と警部は言う。
 少年は電車に乗っている。隣に官能的な女が座っていて、いろいろ話しかけてくる。少年の読んでいた文庫本を「見せて」と言い、「よくこんな古い本を持っているわね」と感心する。それはヤンキースの松井選手の2冊目の自伝だ。でも、松井の本なのだから、そんなに古いはずはないと、少年は思う。窓の外のビルの上に、大画面が取り付けられていて、そこでその本の宣伝をしているところだ。松井は画面の中で、自分がジャイアンツに入るまでの苦労話を語り、「ここから後のことは、皆さん、東京ドームで既にご存じでしょう」と、話をしめくくる。いつか、少年はぼく自身になっている。座席のテーブルにはお菓子がいっぱい並んでおり、それを見て女は「まるで遠足のバスみたいだねー」と楽しそうだ。

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2005年11月27日

11月27日の夢(蝉の死骸)

 会社にいて、これから浜松に出張しようとしている。出発前にトイレへ行こうとするが、自分のオフィスのあるフロアにはいくら探してもトイレがない。別のフロアに行くと、昔の和風のトイレがある。横開きの扉を開けると、そこはトイレではなく、奥に昔ながらのお風呂があって、男性二人が湯につかっている。それなら、トイレに行かずに、とにかく出発しようと、もう一度自分のオフィスに戻ると、ピアニストのN・H先生が椅子に座っている。彼女の後ろを通り抜けて、奥で出発の準備を始める。すると、先生は立ち上がって、オフィスを見渡し、いつものようにちょっとシナをつくって、「ここはなかなかカッコイイわねえ」と言う。みんなが「そこは一色さんの席なんですよ」と言っているので、ぼく自身おほめにあずかりたいと思うが、準備に手間取り、出て行くことができない。やっと出ていったときには、もう先生はいない。ぼくはあたふたと玄関に行き、靴をはきながら「しまった。黒板に書き忘れたので、浜松に行くと書いておいてね」と女性社員に頼む。そういえば浜松に行くためには、割安の回数券を使うんだったと思うが、改めて引き返すのも面倒なので、そのまま駅に向かう。
 外に出ると、子供たちが「○○蝉をいっぱい殺した」と話している。地面が茶色に変わっているところは、みんなその蝉の死骸なのだ。どこもかしこもいっぱい山のように蝉の死骸が落ちていて、中には丘の半分が下まで蝉の死体でできているところもある。○○蝉は小型で、ゴキブリくらいの大きさしかない。

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2005年11月26日

11月26日の夢(赤ん坊を奪う女)

 赤ん坊を抱いてエレベーターに乗る。数人がぼくのほかに乗ったところへ、後から小さな女の子の手を引いた黒い服の女が乗り込んできた。ドアが閉まると、いきなり女はぼくから抱いていた赤ん坊を奪い取る。しかし、ぼくは再び女から赤ん坊を奪い返す。女は子供に「このことは知らん顔をしていれば大丈夫だからね」と言い聞かせる。そして、エレベーターのドアが開くと、女は何食わぬ顔をして、子供の手を引いて去っていく。

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2005年11月25日

11月25日の夢(パンツの中の詩集)

 家の近くの野川大橋の交差点の向こうの道路に長い行列ができている。大詩人の飯島耕一さんが来ているのだ。みんなの詩を見たり、サインをしてくれるというので、大変な人気だ。ぼくも少年たちにまじって列に並び、自分のパンツを差し出す。というのは、今回のぼくの詩集はパンツの中に入っている奇抜な装丁になっているからだ。飯島さんはぼくの名前を見て、「ああ、きみか!」と思い出してくれるだろうか? どきどきする。しかし、彼はぼくのパンツの中の詩の作者名を見ても、何も言わずに、ただ詩を読んで、サインをして返してくれただけだ。ちょっとがっかりだが、それでもサインを貰えただけで嬉しい。我慢できずに、家に向かって歩きながら、開けてみる。飯島さんがくれた包みには江戸前のにぎり寿司が入っていて、その中に何枚か手書きのカードがはさまれている。このカードを飯島さんが書いてくれたものらしいが、あまり面白いものではなかった。野川大橋を渡りながら、ふと川面を見る。水面に点々と白い波が立つ。あれは石か何かが投げ込まれているのか、それとも魚が跳ねているのか、どうしたんだろうと不審に思う。

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2005年11月24日

11月24日の夢(魔女の背骨)

 海外から帰ってきた友人のことで、ある医者のオフィスを訪れる。待合室で待っていると、既にその友人の女友達がオフィスで医者と交渉を始めているのが見える。女性詩人のHさんだ。ぼくも彼女と同じ交渉のために、ここにやってきたのだ。急いで二人に近づいて挨拶し、医者に名刺を渡そうとする。しかし、どのポケットを探ってみても、出てくるのは他人の名刺で、自分のものは一枚もない。そこで、このオフィスの会議室の書棚のところへ、二人を連れて行く。書棚にはぼくの会社の出版物がいっぱい並んでいるはずで、この本を出した出版社の者だと自己紹介するつもりだ。ところが、その書棚にはぼくの会社の出した本は一冊もない。呆然とするが、しかたがないので、とにかく自己紹介をしてから、ぼくは一歩下がり、Hさんの交渉を見守る。
 だが、医者は老かいでなかなかこちらの言いなりにならない。そこでHさんは医者を脅かそうと、突如床に横たわって、呪文を唱えた。彼女は魔女だったのだ。そして、まるでベルトを取り外すようにして、自分の背骨を取り外し、ぼくに手渡す。大きな鰺の背骨のようなそれは、彼女の体温で焼けるほどに熱い。ぼくの隣で、医者は恐怖にぶるぶると身をふるわせている。しかし、ぼくがそれを彼に手渡したときには、気をとりなおして「ぼくも医者で、慣れてますから」と、平然とした風を装う。次にHさんは何かの内臓を手渡してくれる。それはココアの粉末をかけたケーキのようで、ぼくの手の中でぽろっと崩れてしまう。ぼくは「ぎゃっ」と慌てるが、Hさんは平然としている。

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2005年11月23日

11月23日の夢(ラッパを吹く3人の黒人)

 マンションの自宅にいる。妻は本の山に凭れて読書中。ベランダには民族衣装に身を包んだ黒人3人がこちら向きに並んでいて、アルペンホルンのようなものを練習している。ハーモニーをつけて「プップクプップップー! プップクプップップー!  プップクプップップー!」と1オクターブずつ上げて3回吹くのだが、一人詰まったような音になったなと思うと、それが三人に次々伝染して、最後はひどい騒音になる。三人とも部屋にラッパの開口部を向けているので、そこから彼らの唾が飛んでくるのではないかと気になる。よく見ると、彼らもそれを考えているらしく、ラッパにはガーゼでマスクのようなものがしてあるのだが、それが「プップクプップップー」とやるたびに息でふくらみ、しゅーっと白い湯気が噴き上がる。そして部屋の中がしだいに彼らの口臭でいっぱいになる。これでは臭くて、昼寝もできないなと思う。

 美術館から出てきたところで、中に脱いだ上着を忘れてきたことに気づく。入り口で切符もぎりをしている係員にその旨を告げて、もう一度入場し、前庭を走って横切ろうとする。途中にポスター大の3枚のイラストのコピーが並べて置いてある。これもぼくが置き忘れたものだ。美術館の建物に入ると、確かに玄関のテーブルの上に上着が置かれていた。やれやれと思い、それを手に取ると、裏地はほつれているし、変な緑色の布がえりに縫いつけてあるし、かなりくたびれている。こんなひどい上着を身につけていたのかと、びっくりする。

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2005年11月19日

11月19日の夢(危険がいっぱい)

 サッカー場へ行く。グラウンドの前に三人の選手が並んでいる。右二人は日本人。一番左は外人のストライカーだ。ぼくは三人にぜひ点を取って欲しいと頼み、三人は承知する。試合が始まると、右に並んでいた選手から一番左のストライカーへと順番にボールがパスされていき、いとも簡単にゴールが決まる。今までどうしても点が取れなかったのに。それからは中山ゴンをはじめ、ほかの日本人選手も次々とゴールを決め、当たり前のように仕事をして、順調に点が入る。ぼくは彼らが当たり前に仕事をすることに感動し、もう涙が止まらない。(現実に涙をぼろぼろこぼしながら眼を覚ます)

 おしっこがしたい。部屋の中に池のように水がたまっている場所がある。ここならおしっこをしていいだろうと、用を足し始めるが、何度もつるりと足がすべって水の中に落ちそうになる。でも、なんとか用を足し終える。

 夜遅くまでみんなと残業をしている。あんまり深夜まで残業していたので、電気を消されて、部屋が真っ暗になってしまう。みんながぼくに「気をつけて」と注意してくれる。ぼくは仕事が終わり、もう帰るだけだ。ところが、帰ろうとしてガラスの自動ドアにぶつかりかけたり、暗闇の中は危険がいっぱいだ。

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2005年11月18日

11月18日の夢(自殺するほど素晴らしい詩)

 三人の詩を読んで、その批評文を書いている。男性二人と女性一人の詩だ。字数に限りがあるので、二人分の批評しか書くことができない。女性の詩は読まずに、男性二人の詩について書いていく。ところが女性はぼくに「素晴らしい詩が書けたから、私はこれで自殺する」と言う。驚いて彼女の詩を読んでみると、本当に素晴らしい。男性二人の詩の批評を消して、彼女の批評を書くことにする。この詩を書いたら、本当に自殺してもいいくらい素晴らしい詩だと思う。

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2005年11月15日

11月15日の夢(富士山に出店)

 富士山の登山道にいくつかお店を出すことになり、その商店を選定する役を引き受ける。なにしろ富士山に出すのだから、商売を度外視するような気っぷのいい主人のいる店でなければいけない。例えば遭難者が出たら、無償で花を手向けてくれる花屋さんとかだ。
 その花束が我が家の流し台に置いてある。花束の中に大きな芋虫が殻から脱皮して現れた。ものすごく巨大。驚いて妻を呼ぶが、つかまえるのはやめる。

 円形の石組みの中は泉なのだろうか。渦を巻いて水が噴き出しており、水深も相当深そうだ。そこへ一人の男が飛び込んだ。あっという間に水中に引き込まれるかと思ったが、意外にも無事向こう岸へ渡った。よく見ると、泉のこちら半分は岩場が水面近くまで突きだしていて、水深が浅くなっているのだった。

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2005年11月13日

11月13日の夢(クジラの合唱)

 ぼくはまだ高校生で、男性教師に引率されて修学旅行に出発する。旅館で大部屋にみんなと泊まるのがいやだなと思っていると、大部屋の少し先に小さな部屋があるのを発見。誰にも知られることなく、そこを個室として占領することにし、窓際に置いたお菓子を食べながら優雅に庭を眺めている。と、庭を歩いていた別のクラスの男子生徒三人がぼくが個室にいるのを見つけ、中に入ってきた。しかし、彼らもほかの生徒たちにはこの部屋のことを話さず、四人でこの部屋に滞在することにする。

 ぼくは仕事を終えて、港の水族館のようなところから出ようとしている。ちょうど水族館にいる鯨たちが一斉に合唱をする催しが始まったところで、入館者たちがあちこちで耳を傾けているが、ぼくは早く帰りたいので、どんどん階段を降りていく。だが、海にいる鯨たちも呼応しているらしい、鯨たちの哀愁に満ちた笛の音のようなハーモニーは、階段の踊り場でもよく聞こえる。ちゃんと「ここでも聞こえます」という貼り紙がしてあり、立ち止まって耳をすましている人たちの姿がある。でも、ぼくは鯨の歌声を聞きながら、とっとと外へ出ていく。

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2005年11月11日

11月11日の夢(お風呂オフィス)

 職場がお風呂屋になっていて、お湯につかりながら仕事をしている。社長からお正月の仕事のスケジュールが発表された。東京に残ってパレードに出る者と、大阪で取材する者と、それぞれ仕事を分担することになる。ぼくは大阪行きを志願する。だが、スケジュール表を見ると「朝7時から取材」とあるので驚き、女性社員のSさんに「これは前日入りになるのだろうか?」と問いかける。しかし、彼女も新人なのでよく分からず、「先輩に聞いて調べておきます」と言う。また、お湯につかっていると、妻がやってきて、「東京にいた方が楽なのに」と文句を言う。ぼくは「そんなことないよ」と言い返す。

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2005年11月09日

11月9日の夢(脱出行)

 何があったのか分からないが、文明社会が至るところで破滅に瀕しているらしい。行方不明で、連絡のとれなくなった会社の同僚たちも多い。デザイナーのSくんの携帯番号にかけても、出てくるのは全く関係のない女性だ。
 社員みんなでここから脱出することになり、列車に乗ったつもりだったが、それは船だった。大きな入り江か川のような水面を航行していくと、大波が立ち、船はゆさゆさと揺れる。上空を米軍のヘリコプターの編隊が轟音を立てて海の彼方へ飛んでいく。
 駅に着いて(やっぱり列車だったらしい)、みんな小休止する。ぼくはその間に何か腹の足しになるものを買っておこうと、駅の近くの魚屋を覗く。開店しているお店も今では少ないので、魚屋も殆ど雑貨屋のようになっていて、パンも売っている。どのパンを買おうかと迷っているうちに「出発!」という声がかかる。みんな一つだけ開いているレストランに入っていく。そこは人々でいっぱいで満席だ。所狭しと並べられた椅子の脚に蹴躓きそうになりながら、苦労して店内を進み、空席を探していると、誰かが「外だ」と言う。意味がわからないでぼうっとしていると、みんなは店の外の地面に座って、食事のできるのを待っている。店内に入ったのはトイレを借りるためで、もともと席はなく、外で食べるしかないのだという。

投稿者 isshiki : 21:24 | コメント (0) | トラックバック

2005年11月08日

11月8日の夢(低空飛行)

 妻と旅行帰りで、飛行機に乗っている。窓の外を赤い灯火を先端につけた二本の柱が過ぎていく。先端は既にぼくらの乗っている飛行機よりも高い。もう飛行機は着陸態勢に入っているのだ。あの二本の柱は往きの飛行機でも見たなと思い出す。さらに窓外を京浜工業地帯のコンビナートが過ぎていくが、飛行機の高度はそれらの工業施設よりも低い。いつのまにかこんなに高度を下げたのだ。今度は窓の外にタンクローリーが見える。飛行機と同じ方向に、競争するような形で走っている。こんなに低く降りて大丈夫かと不安になる。やがて駐機している飛行機の頭が次々と窓の外に見え、無事飛行場に着陸したことがわかり、ほっとする。

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2005年11月06日

11月6日の夢(障子の密室)

 出張から東京に帰ってきたのは夜の11時頃だった。ぼくがいるのは車がどんどん走っている道路だが、街の中心からはずっと外れた寂しい場所。いつもはここからタクシーで帰るので、かたわらの父(実際には25年前に死んでいる)に「タクシーで帰ろうか」と言う。父は「そうだな」と答えると、いきなり角を曲がって遠くに見える地下鉄の駅の方へ駆け出し、姿が見えなくなる。タクシーを捕まえに行ったのだろうか? タクシー乗り場があそこにあったとしても、こんな深夜だから大変な行列なのではないか。ぼくといっしょに出張から帰ってきたM氏らがバス停にいるのが見える。「○○行きのバス」という声も聞こえる。見ていると、そのバスが路地からひょいと出てきて、彼らを乗せて行ってしまった。ぼくの帰るのとは反対の方に向かって。
 ぼくの周りにはまだ帰る手段がなくて、立ち往生している人たちが何人かいる。いつまで待っても父は帰ってこない。なんとかしようとぼくは歩き出す。一人の人が二匹の犬をひもにつないで立っている。一匹はブルドッグだ。二匹の間を抜けようとして、ぼくは咬まれるのではないかと、ちょっと不安になる。だが、犬はおとなしい。その瞬間、近くにいたおばあさんが「地震だ! ほら、崩れる!」と叫んで、交差点を対角線に走り出す。確かに道路に面したボロ家が崩れそうに傾いているが、これはもともとこうなっているのではないだろうか、とも思う。
 腕時計を見る。11時半だ。家に帰れるかどうか、ますます心配になり、心細さが増す。妻が車でここまで迎えに来てくれないだろうか。
 突然、場面が変わり、ぼくは布団の中にいて、妻の名前を叫んでいる。布団がじゃまで、見えないのだが、妻が部屋に入ってきた気がするのだが、妻はぼくに気づかないらしい。ぼくは必死で妻を呼び続けるが、その声はかぼそく、妻は出ていってしまった。
 やっと布団をはいでみると、ぼくがいるのは上下左右を障子の桟が双曲線を描いて取り囲んでいる四次元的な空間である。ぼくはもうここから脱出できないかもしれない。天井に、白いカーテンをまるめたようなものがぶらさがっている。ぼくは「そうだ! 音楽がいた!」と叫んで、そのカーテンのようなものを引っ張る。すると、それは床に落ちて、若い男に変身する。男はぼくに「ぼくは音楽だ。さあ、ぼくが来たから、音でみんなを呼ぼう!」と言う。そして、ぼくと音楽とは二人でリズムをつけて、障子の壁を叩いて回る。この音を外にいる誰かが聴き取ってくれますように……。

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2005年11月05日

11月5日の夢(オンボロ音楽教室と合唱団)

 仕事中に会社をさぼり、近くにあるボロ家に駆け込む。この今にも壊れそうな建物は音楽教室で、ぼくはそこで尺八を習っているのだ。男の先生がぼくを喜んで迎え、助手の男にぼくのために楽器を用意するよう指示する。助手は尺八の指穴に、小包の包装用に詰めるプラスチックの薄片のようなものを一つずつ押し込んでいる。尺八用の楽譜も目の前に用意される。全然読めない。こんなもの、どうやって吹くんだ?
 そのうち老若男女沢山の人たちが教室に集まってきた。ぼくの勤めるグループ会社の一つの社長や、同僚の顔も見える。ぼくらは合唱団のメンバーだったのだ。音楽教室の三つの部屋の壁を取り払って、Lの字型の大きな練習室ができている。しかし、庭の向こうには別のボロアパートがあり、その窓には大勢の住人たちの姿が見える。こんなところで練習をして、迷惑にならないのだろうか?
 と、また場面が変わって、ぼくらは広い空き地に走っていき、コーラスのパートごとに整列する。ぼくもメンバーのはずなのだが、どうも勝手が分からない。「おーい、どっちがテノールだ?」と叫ぶ。多分、列の短い方がバスで、長い方がテノールだろうと推測し、自分もテノールの列に並ぶ。
 いよいよ練習が始まった。最初は年齢も背丈も不揃いの3人の子供たちによる、コミカルなコーラスだ。どうやらでんでん虫の歌らしい。大人たちは彼らのバックで、全員両手の人差し指を耳の上に当て、2本の角に見立てたフリをつけて踊る。ぼくもいかにも知っている顔をして、すまして踊る。そして、いよいよ大人の混声合唱が始まる。みんな想像以上に上手だ。
 練習が終わると、その空き地に先生と助手が出てきて、何かの雑貨の在庫を整理し始める。外国から輸入した雑貨を売って、この合唱団の運営費用をまかなっているらしい。利益を上げるためには、在庫をあまり持ちすぎないのがコツだと先生は言う。
 それからぼくは書類を持って、ガラス張りのビルにある役所に向かう。みんながその書類の提出はやめた方がいいと忠告してくれるが、ぼくは聞かない。書類はぼくから奪い去られた自分の息子の養育権を取り戻すための申請書類だ。ぼくがあの合唱団に所属しているのも、その土地にぼくの息子が別の両親と暮らしているからなのだ。

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2005年11月03日

11月3日の夢(ズボンが見つからない)

 一人の女性が主人のガードマンとして指名された。しかし、お米が不足しているからと、稗飯しか食べさせてもらえない。

 長い螺旋階段を降りて、一番下の床に着く。と、螺旋階段は消えて、階段のあったところに、物資がうずたかく積み上げられている。子供たちのために用意された駄菓子の山だ。思わず「懐かしいなあ」と言う。

 詩人の新川和江さんがぼくの新作について「この詩は頭で書いたわね。以前の詩に比べて、実感がこもってないわ」と批評する。ぼくは「いえ。以前の詩の方が頭で書いたんです。以前の詩で頭で書いてしまった部分を、ありのままの本当のことに書き直したのがこの詩なんです」と反論する。新川さんは「あら、そう」と言う。

 若い女性クライアントとバスに乗ってロケに出かける。終わって、またバスで駅に戻ったが、階段の人混みで彼女を見失ってしまった。挨拶しないでこのまま帰るのはまずいと、必死で彼女を捜し回るが、見つからない。ふと気づくと、ぼくはズボンをはいておらず、パンツ姿になっている。そういえばバスに乗るとき、服を替えたのだった。ズボンは駅のクリーニング店に預けたはずと思い出し、今度はそのクリーニング屋を探し回るが、駅は迷路のようで、やっぱり見つからない。

投稿者 isshiki : 21:48 | コメント (0) | トラックバック

2005年11月02日

11月2日の夢(3匹の犬)

 ぼくは三匹の大きな犬を飼っている。ぼくは三匹のうち、順番に一匹ずつを連れてコンサートに出かける。そして、ピアニストにその犬に合わせた演奏をしてほしいと頼む。

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