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2005年08月30日

8月30日の夢(おじさんの顔をさばく)

 おじさんの顔を包丁で魚のようにさばいていく。そのおじさんの顔がテレビの画面に「どうもありがとう」という感謝のメッセージと共に映っている。

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2005年08月29日

8月29日の夢(四谷の牛舎)


 雑誌の編集室にいる。校正を見ると、若い男性編集者が編集後記を間違えたページに書いている。怒って、注意をする。日頃口うるさくてプライドの高いベテラン女性ライターのMさんも、彼のミスにいらいらした顔をしている。
 編集室を出て、取材に出かける。ところが約束していた相手が現れない。中央線の電車で四ツ谷あたりの駅に降りる。駅の近くに牧場がある。四ツ谷にこんなところがあったっけ? 牛舎の中から、両脇を二人の男に抱えられて、びっこを引きながら警官が出てくる。牛に蹴られたらしい。情けない警官だ。これから牛の品評会だ。牛を鑑定するのはぼくと一緒に電車を降りた少年だという。牛舎からその牛を連れて、牧場の主人が出てきた。さっきのケガをした警官を思い出し、蹴られると怖いなあと、ちょっとおびえる。ぼくも牛について外へ出るが、牧場で飼われている猫たちがぼくの後についてき
て、盛んにぼくの気を引こうと、ころころ地面に転がったり、かわいい仕草をしてみせる。

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2005年08月28日

8月28日の夢(手のひら型食虫植物)

 電車でふと降り立った駅は、東京郊外のまだ開発の手の届いていない町。駅から出て、市内を巡る市電に乗り換える。山間の町なので、これは市電というよりもケーブルカーだ。傾斜のきつい路面を進む市電の内部はまるで観光バスのように豪華。乗客は小学生くらいの少年を含め、2,3人しかいない。窓には分厚い大きなカーテンが激しい風にあおられている。景色を見るのにじゃまなので、外そうとするがうまくいかない。窓の向こうには雪をいただいたスイスアルプスのような高峰がそびえ立っている。だが、なぜか景色全体が映画のスクリーンのように薄暗いのが不思議だ。
 歩くようなスピードで市電は渓谷に似た市街を走っていく。ぼくは「写るんです」を取りだして、美しい景色を撮りまくる。「写るんです」は進化していて、超薄型でとてもカッコイイ。停車した駅のホームでは、この町の特産のゴボウの宣伝販売をやっている。空からヘリコプターが降りてきたと思ったら、それは無線操縦のミニチュアヘリコプターだった。ホームのかたわらには水槽が置かれ、中には食虫植物とその餌が入っている。植物は人間の手のひらそっくり。お腹がいっぱいのときは緑色の握り拳のように見えるが、空腹になるとぱっと指を開いて、餌をつかまえる。そして、餌がいくら暴れてもぎゅっとつかんだまま、けっしてもう放そうとしないのだ。

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2005年08月27日

8月27日の夢(会社に入る二つの方法)

 自分の会社に入っていくとき、二つの方法がある。ふつうに入る方法と、魔術師として入る方法とがあるのだ。せっかく魔術を使って入れる方法があるのに、もったいないなと思うが、やはり普通に入ることにする。でも、玄関をくぐるとき、魔術の印が書いてあるのを見ると、つい魔術を使ってみたい誘惑にかられる。でも、やめておく。

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2005年08月25日

8月25日の夢(動物の引く新幹線)

 東北地方を旅行して、新幹線に乗っている。素晴らしいスピードで疾走する新幹線だが、レールの上ではなく道路を走っている。窓から見ると、この新幹線は大型犬のような二匹の動物が犬橇のように引っ張っているのだ。道路は左側通行だが、動物が右側に移ったので、対向車線ですれ違いを待っていたバスや車が慌てて反対須川へ移動するのが見える。そのうち動物たちはスピードを急に落としてしまった。しかし、新幹線そのものは慣性がついているので、運転士が左にハンドルを切って動物を轢かないように避けて、追い抜く形になった。ぼくらの席の窓の下で、二匹の動物はすっかり止まってし
まったのが見える。

投稿者 isshiki : 22:20 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月24日

8月24日の夢(都市建設とトイレクエスト)

 東北で新しい都市を計画的に建設している。都市は二重構造になっていて、城壁のようなもので内側と外側の二つの市街に分けられている。その内側の市街だけで、もうすぐ2万5千の人口に達する予定だ。
 トイレに入る。トイレだという部屋は、ベッドやインテリアがきれいに整えられた普通の部屋で、ベッドカバーの上に弁当箱大の白い箱が置かれている。これが便器だ。しかし、この箱に命中させるのも至難の技だし、やっているうちに溢れてしまいそうに思われる。それなら通りを隔てて向かい合っているビルのトイレを貸してもらった方がいいと思いつく。早速通りをわたって向かいのビルに入ると、そこは一階・二階ともファストフード系のお店が並んでいる。隅々まで歩き回るが、トイレは見つからない。

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2005年08月23日

8月23日の夢(お葬式とゴキブリ)

 妻とお葬式に行く。舞台の上にうずたかくお供え物が積み上げられている。司会者が参会者の名前を一人ずつ呼んでいく。まるで国会の記名投票のよう。呼ばれた人はそのお供えの山の中から、自分のお供えを取り出して、祭壇に捧げる。ぼくは「テレビ関係者」というグループの最後の列にいて、ぼおーっとしていると、司会者に「一色さんはまだですか?」と促される。慌ててお供えの山から、自分が持ってきたものを取り出す。それは夢の解放区のメンバーとかつて発行していた同人誌「黄金時代」だ。大判のその雑誌はかなり古びて、表紙には大きな黒い穴もあいている。ぼくは妻とそれを見て、「だいぶ年季が入っているね」と苦笑し、丁寧に祭壇に捧げる。
 台所に大きなゴキブリが出た。必死でソファーの下をごそごそと逃げ回るそいつを、ぼくははえ叩きを持って追いかける。

投稿者 isshiki : 22:08 | コメント (1) | トラックバック

2005年08月21日

8月21日の夢(封印された津軽弁)

 自分たちが主宰する朗読ライブに、青森からただ一人出場する少女がいる。彼女は朗読用の作品を収めた大判のファイルを持っているが、そのファイルの中に一回り小さい縦長のノートが入っている。そこには津軽弁で書かれた作品が収められており、それだけはけっして朗読しないことにしているという。

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2005年08月19日

8月19日の夢(無駄の摘発)

 野外の競技場。といっても地面はでこぼこで整地もされず、草野球場のような感じ。ぼくは警備担当で「無駄なもの」がどこかに置いてないか、チェックするためグラウンドの観客席(といって固定した椅子があるわけではなく、草原の上に腰をおろす感じ)を一周して見回る。無駄なものはとても危険な存在なのだ。ちょうど4分の3ぐらい回ったところに、アメリカのブッシュ大統領が座っている。そのすぐ後ろを通過する。もうすぐ一周地点に戻るというあたりで、物置の棚におばさんが韓国製の食品をたくさん積み上げているのを発見する。これは無駄なものだ。直ちに摘発する。

 道ばたに辛い生活をしている犬たちが何匹もいると聞き、出かけていく。そのうちの一匹の黒犬が寝ころんでいるところへ行き、ぼくは棒を黒犬の鼻先に突き出し、遊んであげる。犬は生まれてから一度も人間に遊んでもらったことがないので、感激して大喜びでぼくの棒の後を追いかけてはしゃぎ回る。そして生涯で初めての満足を覚え、満ち足りた様子で家の中に入ると、そのままやすらかな眠りにつき、天に召されていく。(その後、目は覚めないまま大泣きをしました)

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2005年08月14日

8月14日の夢(二重の二重の橋)

 橋の上にもう一つ、透明なガラス張りの橋がかかり、そこに二人の警官が常駐するようになった。昼夜を分かたず、そこで何かの監視をしているらしい。ぼくはもう一人の男とともに、そのガラス張りの橋に入れてもらう。中はまるで温室のようで、耐えきれない暑さだ。「これは防弾ガラスなのですか? それにしても暑くて大変ですね」と、ぼく。警官は「さっきまではここにこれが張ってあったんですよ」と、片隅に寄せた青い葦簀(よしず)を見せてくれる。そして無線で別の場所にいる上司に「やっぱり市民に入ってもらうと、わかってもらえますよ」と、嬉しそうに報告している。ぼくらも警官に声をかけられて、ご馳走してもらったばかりだが、おばさんたちのグループ数人にも声をかけてご馳走し、うまく懐柔に成功したらしい。「声をかけるタイミングも難しいんですよ。普通はFM橋か跨線橋の上にいらっしゃるわけでしょ?」と警官は自画自賛する。そう言われて足下の橋を見直す。一本の橋だとばかり思っていたが、こちら半分は列車の線路をまたぐ橋で、向こう半分は川の上にかかる橋だったのだ。向こう半分の橋の傍らにはJ-WAVEの放送局のビルがあるので、通称FM橋と呼ばれているらしい。この二重の橋の上に、さらに警察の監視用のガラスの橋がかかっているというわけだ。

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2005年08月07日

8月7日の夢(大教室トイレ)

 Y音楽教育財団で記者発表があるというので、その本部ビルに行く。会場がわからず、うろうろしていると、どうやら二階の教室で模擬レッスンがあるらしいと見当がついた。でも、まずその前にトイレに行こう。二階のトイレは使用中だったので、いったん階段を降りて、確かここらあたりにトイレがあったと思う場所へ行く。予想通り、そこに男女の人型のマークがある。もちろん男のマークのある方へ入ったのだが、ドアを開けるとそこは大学の階段教室のような広い部屋で、たくさんある椅子のうちの幾つかが便器になっている。しかし、それ以外の椅子にはまじめそうなご婦人たちが座って、講義を聴く態勢をとっている。間違いなくトイレなのだからと自分に言い聞かせ、持っていた大きな荷物を別の椅子の上に置いて、便器の上に登る。便器の上に立たないと用を足せない構造になっているからだが、便器の上に立てばひときわ目立ってしまって、とても恥ずかしくて用を足すどころではない。もっと目立たない便器はないものかと探し回るが、あいにくどれも使用中だ。しかたなく、最初の便器に戻るが、そこにはもう別の婦人が座って、講義を聴いている。しかたなく、いかにも用を足したようなふりをして、荷物を持つとがっかりしてトイレから出る。

 体が不調なので、妻と一緒に医者に行く。待合室で二人で待っていると、カウンターの奥から男の医者がわざわざ出てきて、「心臓とか調べましたが、何一つ悪いところはありませんよ」と言う。

 社長の自宅を訪ねる。緩やかな傾斜の丘一つがまるごと邸宅になっている。もう夕方だが、社長の娘の姿が見えない。それはぼくのせいのような気がして、責任を感じたぼくは庭中を探し回る。行方をつかめないまま戻ると、いつのまにか娘は戻っていて、手負いの獣のようにじっと床にうずくまっている。社長はぼくに「山の向こうはこの時間になると、もう暗くて寒いぞ。わかっているだろうが」と言う。ぼくはむっとして、「庭の掃除をしていただけですよ」と答える。

 会社のぼくの席の横に、大きなゴミ袋が置かれていて、中にはがらくたがいっぱいだ。何一つぼくのものは混じっていないのだが、会社のみんなはこういうがらくたはみんなぼくのものだと決めつけて、ここに置いたようだ。腹が立ったぼくはそれをみんなオフィスのフロアにぶちまけてしまう。

投稿者 isshiki : 21:47 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月05日

8月5日の夢(宇宙ホテル)

 ぼくはジャーナリストで、中年の酒井、若い中村という二人の男と共に「宇宙ホテル」へ行く。そこで、ぼくは一年前に来たときと全く同じ光景を見る。高校生くらいの生徒たちが家具をひっくり返して、ホテル中をめちゃくちゃにしているのだ。彼らはその破壊をしたのは自分たちではなく、宇宙の悪魔的な力が働いてこの場所が破壊されたのだと信じさせたいらしい。
 ぼくは山の上にあるそのホテルから逃げ出して、バスに乗る。一番前の座席に座ったので、どんどん坂を下っていく景色がパノラマのようだ。やがてホテルからぼくらを追いかけてきた乗用車と、バスとは派手なカーチェイスを始める。
 なんとか追跡を振り切り、途中の茶店に入って休む。仲間たちはみんなお菓子を注文するが、ぼくは横になって寝たふりをする。すると浦野カメラマンが「もう寝た?」と言いながら近づいてくる。ぼくは「半眠半醒」と言って、にやっと笑いながら起きあがり、ぼくが持参したお菓子を二人で仲良く分け合って食べる。

投稿者 isshiki : 22:49 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月04日

8月4日の夢(尖塔のある銭湯)

 前から見ると昔ながらの銭湯だが、屋根の上にモスクワのクレムリンのような、にょきにょきした塔がいくつも突き出ている。そのポストモダンな感じが女性に大人気の銭湯だという。

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2005年08月03日

8月3日の夢(船の中の水)

港で船に乗ろうとして、列の一番先頭に並んでいる。もう一人の男と最初に乗船するが、船の中はプールのようになっていて水がいっぱい。これでは乗り込めない。ぼくは水の中に片手を突っ込み、かきまぜるようにして、水の感触を確かめる。いったん下船して、係員にそのことを告げると、係員は「すみません。前に乗っていた乗客のおしっこを貯めたまま、捨て忘れていました」と言う。

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2005年08月02日

8月2日の夢(絵の中の少年)

 ある学校のクラスで、生徒が荒れる事態が続いた。そこで担任とクラスの仲間たちは、一人の画家に頼んでたくさん絵を描いてもらうことにした。出来上がった絵の中には必ず一人の少年がいた。みんなはこの少年はきっと素晴らしい人なのだろう、作者の理想が投影されているのだろうとさまざまに推測したが、画家に聞いてみると「単にフツーの少年」に過ぎないのだという。

投稿者 isshiki : 22:32 | コメント (0) | トラックバック