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2005年06月29日

6月29日の夢(宙に浮く洋服)

 街で洋服屋を開業した。見渡す限りの空間に、商品のジャケットが無数に浮かんでいる。吊り下げられているのではなく、文字通り空中に浮いているのだ。

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2005年06月27日

6月27日の夢(南米のタクシードライバー)

 ぼくは南米のようなどこかの国の街で、タクシーを運転している。無線で仲間の運転手と交信する。「俺のクライアントはこの道をバックで逆送しろと言うんだよ」。ぼくは正体不明のクライアントに操られているのだ。とりあえず命じられた通りバックで進み、それから前進して、ほかの車の反応を探る。無関係の車ならぼくがバックをやめたことで、安心して走り出すはずだ。それとかかわりなく猛スピードで直進してくる車があれば、それがクライアントの乗った車に違いないと、ぼくは考える。
 気がつくと、ぼくの前をカップルが手を取り合って歩いている。それを危うくかわして前進したが、ぼくの車のタイヤが女性のスカートを踏んでしまった。その女性があげた叫び声を、ぼくの車の後部座席に乗った女が聞きとがめる。彼女の言葉が、クライアントの言葉とそっくりだと言うのだ。それを聞いたぼくは、車を反転させ、さっきの女を猛然と跳ねとばす。その衝撃で、ぼくの車は道路脇の店の中に突っ込み、後部座席の女は衝撃で車から放り出されてしまった。ぼくは動かなくなった女を夢中で抱きしめる。その女は実はぼくの母だったのだ。

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2005年06月26日

6月26日の夢(四谷の米軍基地)

 ぼくの所属する草野球のチームに、元ジャイアンツのクロマティ選手に加わってもらおうと思い、勧誘に出かける。彼が住んでするのは四谷にあるアメリカ軍の広大な基地の中だ。基地に入ると、丸太でできた小さな小屋がちくさんある。窓ガラスさえない、原始的な小屋だが、これはみんな独身のアメリカ兵のものだ。原始的でも、全員が個人の家を持っているのは、さすが個人主義のアメリカだと感心する。クロマティ選手は快くぼくの誘いに応じて、草野球チームに入ってくれるという。
 
 ビルのワンフロアが仕切られて、急ごしらえの舞台のようになっている。明日から劇団の地方公演が始まるので、そのリハーサルをやっているのだ。ぼくはその裏方なので、舞台の裏で俳優たちの科白に耳を傾けていると、総務のS氏がやってきて、「明日の航空券は大丈夫でしょうか?」と尋ねる。そういえば明日の飛行機は朝8時半の早朝便なのだ。地方公演を取り仕切っている中年の女性が、いつものように航空券の手配をぬかりなくやってくれているとは思うが、今日は彼女が病欠なので、ぼくにもはっきり分からないと、S氏に答える。
 そこへぼくが講師をしている某詩の研究会メンバーのH氏がモバイルのコンピューターを携えてやってきた。研究会では超問題児だったH氏だが、その後コンピューターを使ったデザインの世界で才能を発揮し、うちの会社でも彼にいろいろ仕事を依頼しているのだ。コンピューターを立ち上げて、彼の作品を見せてもらう。H氏もつくずく変わったものだと思う。

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2005年06月24日

6月24日の夢(大雪)

 ぼくは船で海に出ていた。夜、「これから帰宅する」と家にカエルコールをする。ぼくも、電話に出た妻も簡単に帰宅できると信じていたのだが、突然大雪になってしまった。浜に着いたものの、交通機関は止まってしまうし、歩き出してもものすごい積雪で這うようにしか進めない。それでも、ぼくがこんなところで雪に埋もれていることは、妻も誰も気づいていないのだ。ぼくは死にものぐるいで、もがきながらなんとか家に向かおうとする。

 真夜中、家にいると、外から女が呼ぶ声がする。好色家として知られていた、ぼくの叔父(実在しない)を呼んでいるのだ。しかし、叔父はもうとっくに死んで、この世にはいない。

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2005年06月21日

6月20日の夢(人類絶滅間近)

 未来の地球。人類は既に絶滅しかかっており、テレビ局は残り少なくなった家庭一軒一軒を顧客として大切にしている。ある家庭でお手伝いさんをしている少女は、毎年のように勤め先の家を替わり、家から家へと渡り歩いている。テレビ局では、この少女が働く家庭を主人公とするテレビドラマを制作した。それはその家族が一家全滅してしまう物語だ。番組が放映されたとき、彼女の姿が見えない。また家を替わったのかと思ったが、ひょっと顔を出した。まだいたのだ。

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2005年06月19日

6月19日の夢(自動改札)

 何かのパーティーに出席するため、新宿駅まで来た。改札を抜けようとして、胸ポケットにあるカードを次々と取りだしてみるが、どれで出発駅の改札をくぐったのか、分からなくなってしまった。カードの裏の印字を見れば、出発駅が刻印されているので分かるはずだと思い、1枚1枚丁寧にチェックしてみるが、該当するものがない。改札口の向こうには同じパーティーに出るらしい和服の女性たちがもう集まっている。でも、まだ始まるまで時間があるはずだから、落ち着いてゆっくり調べようと自分に言い聞かせ、もう一度1枚1枚見ていくが、やはり見あたらない。
 たまたまポケットに1枚の乗車券が入っていた。いつどこで買ったものか分からないが、これを精算機にかけて不足額を精算すればよいと思いつく。しかし、精算機が見あたらない。改札の駅員に「精算機はどこですか」と尋ねると、駅員はあいまいに駅の外を指さして、「あそこにあることはあるんですが、実はあまり正確じゃないんですよ」と苦笑いをする。それなら、この駅員に精算してもらおうと思い、ポケットから適当に1枚のカードを渡すと、駅員は不審そうに顔をしかめる。なんと、そのカードは1997年に使って以来、一度も使用されていないというのだ。ぼくは駅員にすっかり不審者扱いされてしまい、容易には改札を抜けられそうにない。

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2005年06月18日

6月18日の夢(テロップ係)

 ぼくはテレビ局に勤めていて、番組の画面にテロップを入れる役目をしている。次々といろいろな場面が出てくる度に、それに合わせて画面の下に、数行でいかに気の利いた字幕を流すかが腕の見せ所だ。
 それは音楽番組で、画面では新人の女性クラシックピアニストが演奏を始めた。あれは音楽ライターとして、ぼくと一緒に苦労していたIではないか。成功したのだ。良かったなあと思う。彼女の名前をテロップで流そうとして、手元の資料を見ると、彼女の本名が書いてある。あれっ、彼女の芸名は別の名前ではなかったっけ? 思わず声に出してしまったらしく、番組の出演者としてぼくの傍で待機していたベテランの女性ピアニスト(小川典子さんだった)が「そうよ。クラシックのピアニストが芸名を使うときは、本名とは全く違う名前にするのが普通よ。よーし、あたし絶対言ってやるからねー」と言う。名前を間違えたアシスタントディレクターのことを、番組のプロデューサーに訴えてやると息巻いているのだ。
 場面が変わって、この番組の女性司会者が画面に登場した。彼女の前のテーブルには緑色をしたミニチュアの小山のようなセットが置かれている。彼女は緊張してあがっているらしく、「坂本龍一さんから7月になったら、きっと貰えると思ったら、やっぱり送られてきました」と、なんだか意味の分からないことを言うと、緑色の半球形に先のとがった長い柄の突いたもの(柄の長い蝙蝠傘のようなもの)を何本も持ってきて、それを小山にブスリブスリと刺していく(ミニチュアの小山に樹木の模型をいくつも植えたような感じ)。すると、かたわらにいた何人かの女性がそれを小山からまた引き抜く。それで、その緑色をした半球形のものは針山であることが分かる。彼女たちはそこから糸のついた針を抜いて、一斉に縫い物を始める。
 この場面は女性司会者があがって、しどろもどろになり、あまりにも意味不明になってしまったので、司会者グループの一人である若い男性が彼女に、「ぼくは頭が熱くなり過ぎて、よく分からなかったんですけど、今の場面はこういうことだったんですかねー」と助け船を出して、懸命のフォローをする。

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2005年06月17日

6月17日の夢(巡礼)

 某現代詩人会主催の大がかりな詩祭が今年はとてつもなく変わった場所で開催された。ローマかギリシャの古代遺跡を思わせる、古い石造りの野外劇場で行われたのだ。ぼくは最初、左側前方のステージに近い席に見知らぬ女性といっしょに座っていたが、「あなたはここにいるべきではないのでは?」と彼女に言われ、立ち上がってほかの席を探しに行く。しかし、4〜5人ずつ単位に仕切られた席は満席ではないとしても、どの仕切にも必ず何人かが座っていて、空席も帽子が置いてあるなど誰かがいる気配である。これではどこにも自分の居場所がないと感じて、会場の外に出ると、会場の外壁を登っていく石の階段を見つけた。それを登ってみると、二階席・三階席の背後からステージを見下ろせる、会場の一番奥の一番高い場所に偶然出ることができた。
 
 会場を出たところで、学生時代の詩のサークルで先輩だったO氏をはじめ、何人かの仲間と出会い、この少し先にパゴダのようなものがあるから、そこまで行こうということになる。地図を頼りに出発するが、道は迷路のようだし、異様な生き物や盗賊に襲われたりして、冒険を重ねるうち、メンバーはだんだんバラバラになる。どうやらここはイスラエルとパレスチナのせめぎあうあたりらしい。ひとまず路傍の小屋に入り込み、一息つこうとする。ふと気がつくと、手に黒い大きなバッグを持っているが、一番大切なものを入れてあるリュックを持っていない。ドキッとする。だが、よく考えると、リュックはちゃんと背中に背負っていたのだった。

 夕方になり、ぼくらは宿に泊まることにする。バラバラだったメンバーが再びここに集結する。宿はフローリングの部分もあるが、部屋の部分は畳敷きだ。ここはシモンという都市だと聞いているが、こんなところにも日本人旅行者のための宿があるのだろうか? ぼくらのリーダーはもうかなりの年だと思われる関西弁をしゃべるおばあさん。夕食前に彼女の日本での苦労話を聞いたり、お互いに身の上話をしたりする。部屋の一方は池に面している。というより、この宿は池の上に建てられているらしい。反対側は中二階のように高くなっていて、その窓からは大きな広場とそこから伸びる車の走る街路が眼下に見下ろせる。どうも建物のこちら側は、この広場の上に建てられているらしい。もうすぐ夕日が沈む。さあ、食事をして、眠ろう。明日はようやく最終目的地のパゴダに巡礼することができるだろう

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2005年06月15日

6月15日の夢(自殺常習者)

 自殺衝動を抑えられずに神経病棟に入院している若い男性と向き合い、その話を詩人のN・F氏とぼくとで聞いてやっている。その若者の主治医をしている若手医師自身も実は自傷行為の常習者だという。この自殺常習者の男の話は長いのが欠点だが、「ぼくにとってそれを聞いてあげるのは少しも苦痛ではないよ」と、男に言ってやる。
 すると、男はいろいろな植物の名前を沢山挙げた上で、自分が好きな順番にその植物のリストに番号を振っていく。N・F氏はそれが我慢ならないらしく、「ほら、そうやって好きな順番をつけるところが、あなたのいけないところだ。植物に順番なんて要らないんだ。人間に順番がつけられないのと同じように」と批判する。ぼくは彼の言い方に反発を覚えながらも、「なるほど、その通りだなあ」と思う。

 そのN・F氏の書いた教科書に、一個所空欄になっているところがある。そこに当てはまる単語をぼくは当てなくてはいけない。みんなは分かっているみたいなのだが、ぼくはどうしてもそれが分からない。「待って! 待って!」と言いつつ、ぼくは焦って「遺伝?」「心?」「性格?」と、いろんな言葉を当てはめてみるが、それらは皆間違っているらしい。

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2005年06月14日

6月14日の夢(バスの中の座敷)

 観光バスが何台も道路に停まっている。劇場へ連れて行ってくれるバスだ。ぼくらは数人のグループで、これから観劇に行くところ。人数を運転手に告げて、乗り込む。車内には畳敷きで床の間もある座敷が三つ並んでおり、どの部屋もたくさんの座布団が置かれている。既に何人かの乗客が座布団に座っており、ぼくらは真ん中の部屋に座ることにする。
 劇場に着いた。客席にはテーブルが置かれ、そこにはおいしいものが並べられて、食べ放題だ。ところが、食べ終わらないうちに捜査官たちがどやどやと踏み込んできて、ぼくらは何も分からないままに尋問を受ける。何か事件があったのだろうか。ともかくいったん外に出て、次の幕で入って、また食べればいいやと思う。

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2005年06月13日

6月13日の夢(ホテルと教会付きの家)

 息子とその嫁と、彼女の友人らしいもう一人の女性が、ぼくらの家に向かうため、満員の地下鉄に乗り込もうとしている。嫁は息子に「お腹が減った」と訴える。息子は「じゃあ、俺が何か買ってくる」と言って、電車を降り、女性たちには「乗ってて」と言う。
 ぼくは自宅の玄関のドアをそっと開ける。自宅といっても、今の自宅とも、昔の実家とも全く違う。家の隣は我が家に付属するホテルになっていて、その前に嫁と連れの女性が立っているのが見える。二人は息子を待っているのだが、なかなか現れないので、二人はホテルに入る。
 ぼくの部屋とホテルの彼女たちの部屋とは隣り合わせで、カーテンをかけたガラスの壁一枚で隔てられているので、二人の影がカーテンに写る。ぼくはその影に向かって、「よかったら今、校正を持っていくよ」と声をかける。しかし、彼女たちは今着替え中らしい。「じゃあ、後でロビーに持っていくから、声をかけて」と、もう一度呼びかける。
 息子が嫁たちに「うちが教会を経営してたなんてなー。裏にあった建物が教会だったとは知らなかった」と言っている。そうなのだ。我が家はおんぼろホテルとおんぼろ教会を敷地の中に持っているのだ。トイレに入ると、窓から隣接する教会が見える。今にも倒れそうな、なんともみすぼらしい、木造の建物だ。その縁の下から、先端に水色の光が灯った細いチューブのようなものが出てきて、くねくねと動きながら、こちらを偵察している感じだ。

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2005年06月12日

6月12日の夢(核戦争後の世界)

 新潟に午後から出張することになった。3時半発の飛行機に乗ればよいので、会社でゆっくり旅支度をする。社内には大きなタンスがあって、その引き出しにワイシャツとネクタイが入っているはず。引き出しを開けてみると、ネクタイはあるにはあったが、白地に菜の花のような色彩の黄色いチェックの縞が入っているものしかない。これではあんまりだと思う。とにかくワイシャツに着替えて、鏡を覗く。びっくりだ。首の周りに鎖国時代の長崎出島の絵に出てくるオランダ人のような大きな襟飾りがついており、さりにその上の首にもばかでかい飾りがついていて、まるでエリマキトカゲのようだ。慌ててそれらの飾りをハサミで切り取る。ズボンをはく。ウエストが急に細くなったようだ。何度もベルトをぎゅっと締め上げたつもりでも、ズボンがゆるゆるになってしまう。周りに若い女の子たちがたくさんいるので、とても恥ずかしい。
 そんな大騒ぎのあげくに、とにかく電車に乗る。核戦争があって以来、外の景色は一変してしまった。荒れ果てた砂丘の風景が広がるここが東京だなんて信じられない。汚れた長細い黒ずんだ水たまりがあり、そこに見たこともない水棲生物がうごめいている。放射能で突然変異してしまったのだろう。ぼくはほかの乗客たちにそれを指さして、「見て見て! 懐かしい! 昔の川のようだ!」と叫ぶ。
 ある駅で、暗い顔をした一人の男が乗車してくる。彼は放射能の突然変異で生まれたミュータントの一種で、うっかり何か頼み事をすると、それを成し遂げるために命まで捧げ尽くしてしまう性質があるから、気をつけなくてはいけない。それなのに同僚のWくんが彼に何かを依頼してしまったという。これは大変なことになる、と直観したぼくは、ワタナベくんをタクシーに乗せて逃がそうとする。だが、それは確かにタクシーの形をしているものの、ただの鉄の箱(なんだか棺桶のようだと、夢の中で思う)で、自力で走行することができない。電車は地下を走っているので、ほかの乗客たちといっしょにぼくはその鉄の箱に入ったWくんを地上まで懸命に運び上げなくてはいけなくなる。こんなことをしているうちに、時間がどんどん過ぎてしまう。とても新潟行きの飛行機には間に合わないかもしれないと思う。

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2005年06月11日

6月11日の夢(庭師)

 家に帰ると、そこは名古屋の今はない実家だった。庭に小さな焚き火がされていて、そのそばで二人の庭師が地面に足を投げ出し座り込んで休憩している。そのかたわらで家の番犬も寝ている。いったん家に入ってからもう一度庭を見てみると、番犬はさらに図々しくなったようで、庭師の伸ばした足の上に枕がわりに顎を置いて寝ている。
 母に「あの庭師はどうしたの?」と尋ねると、「6時には帰ると言っていたんだけどねー。でも、庭師賃はただなのよ。どうせ家には持って行かれて、困るような高価な薔薇も植えてないし、大丈夫よ」と言う。それじゃ、おやじの仕事の関係(ぼくの子供時代、父はゴルフ場の支配人をしていた)の庭師さんなんだね」と、ぼく。「そりゃそうさ。家で雇うわけがないよ」と母は言いつつ、「そういえば」と言って、写真を取り出す。「さっきこの子が遊びに来たんだよ」と、ぼくにいろいろな写真が細かくコラージュされたノート大のプリントを見せる。そこには若い女性の顔が二カ所くらいに印刷されている。それは「夢の解放区」創設当時のメンバーの景さんだ。ぼくはそれを見て、「研ナオコに似てるな」と思う(夢ではそう思ったけれど、目覚めて覚えていた顔は木村カエラに似ていた。現実の景さんは工藤静にそっくりだったけれど)。ぼくは「この子は昔は素朴な娘だったのに、結婚してからだんだん垢抜けてきたんだね」と、感想を述べる。
 それから、ぼくが両腕にいっぱいの本を、まるで剪定した枝のように抱えて庭の方に行くと、ちょうど庭師たちが帰るところだった。ぼくは慌てて両手に抱えていた本を畳の上にどすんと落とし、彼らを見送りに出る。

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2005年06月10日

6月10日の夢(天然米)

 デパートへ行くと、珍しいお米を売っている。このお米は南洋原産らしく、サトウキビかトウモロコシのような太い茎に、葉っぱの殻に包まれて実るらしい。その殻もいっしょについたままのお米(「天然米」というらしい)が三段重ねのダンボール箱の一番上の箱に入っているのを、自分でカップに入れて買うことができる。健康にもよいらしいので、自分も買っていこうと思う。しかし、もう多くの客が買ってしまった後で、お米は底の方に僅かに残っているだけ。しかも、葉っぱや殻が多くて、カップですくおうとしてもなかなかカップがいっぱいにならない。二段目の箱にはまだいっぱい入っているのではないかと、その箱を覗いてみるが、そこに入っているのはトウモロコシかヒエのような実で、お米ではなかった。再び、一段目の箱を覗くが、そこにはお米ではなく、キャベツの葉っぱがいっぱい詰まっている。お米だと思ったのは見間違いだったのだろうか。お米なら、どうせ熊本にいる息子が送ってくれたのが家に沢山残っているから、買わなくてもいいや、と思い直す。

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2005年06月09日

6月9日の夢(大津波)

 どこかの高級マンションの見晴らしのよい部屋にいる。窓の外にはパノラマのように湾の風景が広がり、対岸にはニューヨークのような高層ビルの建ち並ぶ都市の風景が眺められる。気がつくと湾の入口に当たる左手から大津波が対岸に押し寄せ、超高層ビルのてっぺんまでが激しく白い大波濤に襲われるのが見える。「津波だ!」と驚いて、みんなに知らせるが、津波はあっという間に湾を渡って、こちらへ押し寄せてくる。目の高さより上に膨れ上がった海面がみるみる迫ってくる。これでは助からないだろうと観念する。だが、なんとか第一波はやり過ごした。第二波が来るまでに急いでさらに高いところへ逃げようとする。

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2005年06月08日

6月8日の夢(第三の乳房)

 船に乗り込む。遊覧船のような感じ。乗り込んだ全員にお酒が配られる。ぼくは飲めないので、気が進まないが、赤ワインのグラスを貰い、ちょっと口をつけただけで傍らに置く。司会者がみんなに「何を飲んでいるか」を質問し、お酒の種類を挙げて、挙手をさせる。ぼくは眠くなってしまい、目を閉じて寝ていたが、「赤ワインを飲んでいる人」と言われたところで、手を上げる。挙手をしながら目をあけると、ぼくのいる船室の奥は、司会者のいる前方より一段横幅が広がっている。これでは、ぼくの挙手がちゃんと司会者に見えたかどうか心配だ。次に司会者は「一カ月以上飲み続けた人」と言って、また挙手を求める。驚いたことに、女性を含め乗船者のほぼ全員が手を上げる。「おかしいですねえ。ワインはラッパ飲みできないし、1リットル以上飲むのは難しいはずですけどねえ」と司会者は苦笑する。船室の正面に大型スクリーンがあり、そこに柵原良平のようなタッチのアニメが映る。最初に、ワイングラスでワインをちょっとだけ飲む、上層階級の人たちのイラスト。それから、大きなワイングラスになみなみとついだワインをがぶ飲みしたり、ボトルからラッパ飲みする下層階級の人たちの戯画。
司会者はその画面に対して「この船の人たちは一日に平均してワインを7/5本くらい飲んでいるらしいです」と解説を加える。乗客の中にべろんべろんに酔っぱらった女性がいて、ぼくは上半身裸の彼女を抱きしめている。司会者が傍らで彼女にインタビューしているが、彼女の右の乳房は随分右にかたよってついている。左の乳房は胸の真ん中に近くついていて、左胸には小さいけれどもう一つ、第三の乳房がついている。

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2005年06月07日

6月7日の夢(宇宙入植者の孤独)

 遠く宇宙の果てまで人類は植民した。ぼくも宇宙入植者の一人だ。ぼくは小さな星に一人で住んでおり、隣人との間は、遙かな宇宙空間に隔てられている。もうすぐ祭の日が来る。ぼくは自分の星で行う祭りの計画書を書いて、宇宙に発信する。その計画書に関心を持ってくれる人がいたら、祭の日にぼくの星にやってきてくれるだろう。もしそうでなければ多分、ぼくは一年のうち一度もほかの誰かに会うことがない。祭の計画書を何度宇宙に発信しても、一生に一度も祭に隣人がやってきてくれない人だってあるのだ。

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2005年06月06日

6月6日の夢(会社崩壊)

 ぼくの会社で造反が起きた。元の会社はあっという間に崩壊してしまい、新たに若手の編集者が社長になって、別の会社に生まれ変わった。新しい社屋にできたオフィスにぼくも引っ越しをすることにする。ぼくはとりあえず奥から二番目の部屋に自分のデスクを置いて、仕事を始めたが、ふと気がつくと、新社長以下ぼく以外の全員は一番奥の部屋にデスクを置いており、ぼくだけがその部屋にひとりぼっちになってしまった。
 いったん夕方退社して帰宅したものの、仕事が終わっていないので、夜もう一度出社し直す。だが、会社の入口は工事中になっている。玄関はうさぎの穴のように、すごく小さくなってしまっている。地面近くのその入口から身を屈めるようにして、ようやく中に入る。そして、自分の仕事について上司に確認をしてもらおうと、上司を捜すが、早めにみんな退社してしまったのか、誰も見当たらない。ところが、もう一度奥の部屋を見渡してみると、ほかに入口がないはずなのに、社長以下上司が全員戻ってきている。変だなあ。しかも、みんな忙しそうで、誰もぼくに注意を払ってくれない。困ったなあ。これでは8時を過ぎても退社できないや。

 医者へ行く。入口は「男」「女」ともう一つよくわからない三つに分かれていて、入口を入ると滑り台のような感じで、地下にある待合室に降りることができる。待合室にあるベッドに寝て、順番を待ちながら、受付の人に、「よく目が見えなくなってしまった」と、自分の病状を説明する。受付の人はその症状を聞いて、「じゃあ、あの先生に診ていただけるか聞いてきてあげますね」と言ってくれるが、その先生というのは、90歳ぐらいのおばあさん先生なのだという。

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2005年06月05日

6月5日の夢(オバサン化コースター)

 大きなショッピングセンターへ出かける。初めての場所なので、地下鉄を出てから迷ってしまった。食事に来たのだが、店内に今若者たちに人気の遊具があるのを見て、つい自分も若いところを見せたくなり、それに乗ってしまう。それは一人乗りのジェットコースターのようなもので、乗っている間オバサンに変身できるというのが、受けているのだ。乗る前に、変身用に服と靴を取り替える。座席に乗り込むと、ちょうど目の高さに小さなパソコンモニターが降りてくる。その画面にオバサンの顔が映っていて、それとにらめっこをしているうちに自分もオバサン化していくのだという。それに乗ってコースを一周し、出発点に戻る。係員がもう若くはないぼくを労って「大丈夫ですか」と、心配そうに声をかけてくれる。
 そのとき、ぼくはここで女友達のAに会う約束をしていたのだと思い出す。しかし、待ち合わせに指定された場所がわからず、ぼくは迷路のような巨大ショッピングセンターの中をぐるぐる歩き回る。そうだ。携帯で連絡をすればいいのだと思いつく。ようやくAと電話が通じた。だが、彼女は一週間後にどこかへ引っ越してしまい、もう永遠に会えなくなる……とぼくに告げる。
 センターを出て、駅に戻ろうとする。方向がわからない。これでは家に帰れない。迷子になってしまった。

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2005年06月03日

6月3日の夢(社長と昼食)

 社長と一緒に一つの仕事をすませた後、次の訪問先を目指して、ぼくの実家のあった名古屋の覚王山(地名)へ来た。そのまま直行しようと歩き出すと、社長はぼくを呼び止め、駅ビルに上って食事をしようと誘った。「6階の店へ行くと、天麩羅が2枚食べられるそうだよ」。社長が食事に誘うなんて、珍しいなあ。しかし、天麩羅2枚の昼食かあ・・・。

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2005年06月02日

6月2日の夢(地震)

 地震の揺れで目が覚めた。大きくはないが長く揺れる。危ないから起きようと思うが、金縛りにあったようで、体が動かせない。やっと目が覚めると、部屋の中に二人の女性がいる。一人は若く、一人は年寄りだ。年寄りの女性は真っ白に顔をメークしているが、横から見ると、素肌とメークの部分の境目がお面をかぶっているように、くっきりしている。彼女はぼくの勤め先の出版社であるS社に「電話相談の者ですが」と言って、電話をする。S社には「電話相談係」というのが出来たらしい。以前から何度か彼女は電話相談をしているらしく、今回もその話の続きを始めるが、それは形だけで、本当は今の地震のニュースを聞きたいらしい。そこで、電話相談の担当者が受話器をテレビに近づけたらしく、テレビの音声が彼女の受話器から流れてくるが、ニュースはやっていず、吉本か何かのお笑い芸人の場違いな声が聞こえてくるだけだ。
 いつのまにか二人の女性は、夫婦者に変わっている。ぼくが講師をしている詩の研究会のメンバーとして出会い、結婚したN夫妻にそっくりだ。そして、場所もどこかの医院の待合室に変わっている。
 さらに場所は、安アパートの一室になり、二人は売れない若い男性漫画家コンビに変わっている。一人が相棒に「おまえ、最近うまくなったよな」と言う。コピーを取りに外出しようとする相棒に、さらに彼は声を掛ける。「だけど、ここのパースが狂っているぞ。本当はこういうふうになるんだ」と、自分で手本を描いて見せる。

投稿者 isshiki : 21:22